フリーハグ、的な?

 「高校二年は中弛みの時期である」という話は、大抵の場合高校入学と共に進路担当の教師に告げられ、進級と共に担任からも伝えられ、その日のうちに生活指導の教師のありがたーいご高説と共に伝えられるほどに当たり前の話であるが、さりとて口を酸っぱくして幾度となく話されても、実際の高校生はクソほども意識しない。


 ある程度高校生活に慣れ、最下級生という立場から脱出すればそりゃあ気も抜ける。


 それはここ、市立静修高校でも変わらない。


 かくいう俺も授業は寝て過ごしている。テストなんて、学年順位の半分を超えていればいい。

 ローコストでそれなりの成績を出すことが俺のジャスティス。

 そんなわけだから、授業などろくに聞かず惰眠を貪っていたし、そんなんで成績も悪くないから教師やクラスメイトからの印象は悪い。

 何故クラスメイトからの印象まで悪いかと言えば、俺が昼休みも昼食を摂り終えたら即突っ伏す生粋の陰キャだからだ。


 別にそれで不便はない。


 興味のない相手との会話ほど無意味なものはないし、友人なんてものは人生で一人二人いれば十分だ。


 こんな俺に話しかてくるのは、基本的にたった一人の友人だけだし、そいつも率先して話しかけて来ると言うよりは、起きている時を見計らって声をかけてくる程度だった。


 あの赤月花蓮ですら、寝ている時の俺には話しかけて来ないのである。

 これはもう俺がこの教室において、最強と言っても過言ではないんじゃないか。困るわー。知らんうちに天下取ってたわー、俺。


 なんて、そんなわけない。


 実際の俺のクラスカーストはド底辺もいいところだ。学校に初めてカースト制度を持ち込んだクソ野郎を殴ってやりたい。


 まあともかくはそんなわけで、俺はその日もいつものように授業の頭からケツまでを眠って過ごしたわけなのだが……。


 それが間違いだったのだ。


 放課後、いつものように目を覚ました俺は体に妙な違和感があることに気がついた。


 背中の方に重さと熱、それから柔らかさを感じた。


 季節はまだ春先だから、その熱は暑いというよりは温い感じで、背中に当たる柔らかな感触と合わさると何とも言い難く、心地いい。


 重さもそんなに気にならないから、そのままもうひと眠り出来てしまいそうだった。

 しかしながら、背中に感じるそれらの感覚の他に、まだ一つ気になるものがあったのだ。


 それは、背中から腹部にかけて回されるようにして俺の体に巻き付いていた。腹の辺りでガッチリ固定されているようで、突っ伏した状態で軽く身をよじってみても、離れる気配がない。

 

 ここまでくれば、さしもの俺とて眠気も冷める。


 そして、動揺する。


 自分の身に何が起こっているのか全く分からなかった。


「わッ⁉」


 少し強引に体を動かして、拘束を払いのけようとすると耳元で聞き覚えのある声がした。

 その声の主は慌てた様子で俺から距離を取ったようで、それと同時に背中が軽くなり、拘束は無くなる。


 勢いに任せて後ろを見た俺の目に映ったのは知っている顔だった。


「は……?」


 その顔を見て、まず出たのはそんな素っ頓狂な声だった。

 状況から考えて、俺は恐らく目の前にいる女子に、理由は分からないが抱きしめられていた。


 赤月花蓮に、抱きしめられていたのだ。


「えっと……」


 顔を真っ赤にして目をぐるぐると回しながら、言い訳でも考えているのか彼女はそう口にする。


「ふ、フリーハグ、的な?」


 聞いてもいないのに、赤月はそう言ってごにょごにょとしていた手を胸元で小さくパッと開いた。


「いや、それはおかしい」

「だ、だよねぇ……」


 赤月の言葉を否定すると、また彼女は何かを考え始める。


「いやその、ね? 気持ちよさそうに寝てたから、魔がさした? というか……」


 絶対魔がさしたって言葉初めて使うだろ、こいつ。


「魔がさして人を抱きしめるのか?」

「やっぱおかしいかなあ……」

「おかしいだろ。やってること、完全にビッチのそれだぞ」

「びッ⁉」


 やはりトップカーストのギャルというやつらは、そういうやつらなのだろう。

 あーやだやだ。不潔だわ。


「ビッチじゃないから! わたし!」

「ビッチはだいたいそう言うんだよ」

「え、そ、そうなの?」


 いや、多分言わんけど、とは言わないことにした。

 うーうー唸って小声で、「そんなんじゃないんだけどなあ」と言う赤月の様子は、中々に可愛らしかった。


 見た目だけならそう言えないこともない彼女であるが、数少ない俺の情報源である友人から、悪い噂を聞いた覚えはない。


 まあ、今回のことはおそらく友達との賭けにでも負けた罰ゲームなのだろう。


 それについて文句を言うつもりはなかった。背中に当たっていたあの感触が、彼女の立派な二つのメロンによるものなら、こちらとしても儲けものである。


 そう勝手に結論付けた俺は、荷物を持って席を立った。


「何でも良いが、これっきりにしとけよ」


 誰が見ているかもわからないし、いや、罰ゲームならもう見られているのか?

どうでもいいか。どうせ俺には関係ない。


「初犯だから見逃すが、次やったら人に言うからな」


 言えるような相手なんていないが、一応そう釘を刺しておくことにした。


 どうせこれっきりだろうというのは分かっている。


 それは驚かされたことと、純情を弄ばれそうになったことに対する、せめてもの意趣返しだった。


 しかし、それはまあどういうことだかわからないが、それは俺の早とちりだったらしい。


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