第23話 死の根底
動かない青年に向かって跳躍したユキノは、斜め上から彼に、一太刀を浴びせる。
燃え上がった日本刀が彼の手刀とぶつかる。
炎が散るが、再び燃え上がり、刀を纏う。
拮抗する力——ユキノと青年はその場で数秒停滞するが、長くは続かない。
当たり前と言えば当たり前だが。
遊ばれていると気づいたのは、ユキノが衝撃に吹き飛ばされて地面に伏せた時だった。
日本刀が砕け散る。
フォンの肉体に、傷がつく。
ユキノは青年の足音を聞き、顔を上げて振り向いた。
自分と真逆の、冷たい目だった。
フォンの炎が気休めに感じるほどの。
「――おい、なにしてやがんだ! 逃げるぞ、ユキノ!」
日本刀から戻ったフォンが、ユキノの服を口で咥え、引っ張る。
しかしユキノは動かない。引っ張られるまま、地面を引きずられる――。
「ふざけんなよお前ッ! この状況でまだ……!」
「フォン、逃げなさい。私は、ここで引くつもりはない」
服を咥えるフォンを振り払って、ユキノは立ち上がる。
青年と真正面から向き合った。
怒鳴るフォンの言葉には聞く耳を持たず、ユキノは拳を握る。
だが、一つの声がその足を止める。
「ユキノ、ダメだ……! 今すぐ逃げるんだ!」
「……マルク……」
ユキノは振り向いた。
マルクの顔を見た。目と目が合い、彼の心配そうな顔を見て、それでもユキノは止まらなかった。彼の隣に立ちたいがために――彼に相応しい女になるために……引くわけにはいかない。
決して、引いてはいけない場面は、今、この時なのだ。
「待ってて、マルク。今すぐ、あなたの傍にいくから」
体、一つあれば、たとえ武器がなくとも勝利を刻むことはできる。
昔からそうだった。
その身が一つでもあれば、拳を握れば、バケモノを倒すことはできるのだから。
「……なんの糧にもならない、無駄な戦いだった」
うんざりした様子で、青年の言葉と共に、手刀が飛び出す。
その手刀はもちろん、ユキノの拳よりも早く、彼女の命を貫くだろう。
迫る手刀の切っ先が、自分の命を貫くだろうと、明確なイメージを強制的に見せられたことで、ユキノは目をぎゅっと瞑る。
視界は暗黒に。
金属同士が擦れる、耳障りな音が聞こえてきた。
鳥肌が立つほどの余裕はなく、こっちは現状、命懸けなのだ。
不快な音に体は反応しない。
未だに、自分は生きているという不思議に、疑問が出てくるばかりだった。
ゆっくりと目を開ける。
小さい頃から見続けていた少年の……、頼れる背中があった。
「マ……ルク――」
「だ、大丈夫、か……、ユキノ……?」
歯を食いしばり、マルクは青年の手刀を、自分の剣で受け止めていた。
足腰に力を入れ、両手で剣を押す。
剣の腹に突き立てられる手刀の力は、休まることを知らない。
ずずずっ、と、マルクの踵がゆっくりと、確実に地面を削っている。
気を抜けばあっという間にユキノを巻き込み、吹き飛ばされる。
今も、気を抜いていなくとも後退させられている踵は、ユキノに到達しそうだった。
ユキノにかけたい言葉があっても、なんとかこの場に押し留まっている状況では、なにも言えない。彼女の名前を呟くことが、唯一、口にできる言葉だ。
「――ッ」
気を抜いたわけではない。
マルクの足が浮き、後ろに吹き飛ばされる。
咄嗟に、ユキノを抱きかかえ、後頭部を手で守って転がる。
抱き合った二人は地面を転がり、壁に激突した。
もちろん、マルクが調整して、壁にぶつかったのはマルクの背中だ。
「……なんともないか、ユキノ……?」
こくんと頷く。
無事を確認したマルクは、ユキノを離して膝立ちになる。
呆然と、女座りをするユキノを見下ろす形になった。
マルクの瞳が、怒りと共に強くなる。
「なぜ――、一体、なにを考えているんだッ! 相手はあのアンドロイドだ。危険信号を感じていただろろう、おれたちでなんとかできるわけがないじゃないか!
停滞していた自分の成長の現状を打開するための、修行の一環だとしても! これはレベルが違い過ぎる! 自分の力に合ってなさ過ぎる! こんなの、自殺をしようとしているのと同じだ! 次元の違う実力者との戦闘で、得るものなんかなにもない!」
「でも!」
マルクの言い分に、否定はなかった。
ユキノ自身、分かっていたことだったのだろう……、たとえ自殺志願者だと思われようとも、これしか手がないと思い込んでしまえば、それに手を伸ばすしかなくなる。
ユキノには、どうしても達成させたい目的があった。
長い年月をかけるのではなく、一瞬で得られるようなショートカット。
ズル、だと思うだろうか? 楽をしているとでも?
いいや、彼女にだって、時間がない。
ショートカットをして、得るものを得て、目的を達成させなければ、生きてはいても死んでいるような結果に繋がってしまう。
幸せではないこれからの未来なんて、死後の世界と変わらない――。
誰にも明かしたことがない己の運命。
宿命。
義務。
抗うユキノには、自殺行為だろうとも逃げずに立ち向かわなくてはいけなかったのだ。
「私の……、私の家族に、自分の力を認めさせなければいけない! 時間がないのに、今の実力じゃ、ぜんぜん足らない……。どれだけ修行をしても、どれだけ逆境を経験しても、ある程度のところで止まってしまっている! ――だったら、アンドロイドを倒せば、認めてくれるでしょう? 私の家の者も、マルクの家の者も!」
「……おれの、家……?」
マルクはきょとんとする。
陰陽師としてのユキノの家、騎士としてのマルクの家……、関係としてはお隣さんのようなものだ。ユキノがマルクの家に認められなければいけない理由などない。
友人関係であって、それ以上の密接な関係がないのだから。
あるとすれば、これからの未来。
ユキノが得ようとしている未来。
手に掴もうと、必死になっている……。
よく考えれば分かりそうなものだが、マルクは分からなかった。
普段の聡明な彼ならば、少し考えれば答えを出せた。
しかし、状況のせいで答えを出せなかった。
それに、ユキノの方も、言うつもりがなかった本音をぶちまけてしまっている。
マルク本人に。
絶対に言うべきではないことを。状況のせいで、その失敗にも気づけていない。
ユキノの言葉が加速していく。
「認めさせる、フブキ家も、マルクの……、ディーノ家も……。私がマルクと同じかそれ以上の実力になれば、私はマルクを選ぶことができる! どっちも受け入れてくれる! 私には、時間がない……ッ、——時間がない!
親に決められたレールに従って、作られた幸せになんて浸りたくない!
私は、マルクと作り上げる幸せに、死ぬまで浸り続けていたいのよっ!」
そこで。
マルクと目が合い、ユキノは正気に戻った。
心の内に秘めておくべき気持ちを――言うべきタイミングがくるまで留めておこうと思っていた本音を、今、感情のままにぶちまけてしまっていた。
それを、人はこう呼ぶ。
告白、と。
さらに、プロポーズ、とも。
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