第二話

「ただいま、お母さん!」


 玄関の前につくとエメはぴょいっと僕の背を飛び降りてドアを開けた。


「ただいま」

「お帰り、エヴァ。エメはお婆様に迷惑かけなかった?」

「うん!ちゃんといい子にしてたよ」

「エメも随分お姉ちゃんになったからな」

「もうすぐお姉ちゃんだもん!」


 そうエメ、そして僕の母エレノアは臨月で出産は次の満月を予定してる。そのお陰か外がどうであれ家の中は明るい話題で持ちきりだった。


「あ、そうだエヴァ。魔法石は覗いてみた?」

「うん、いつも通り綺麗な石だよ」

「うん、うん。そうよエヴァ。あなたの石は伽藍堂なんかじゃない。あなたはとても綺麗な心を持ってるの。」


 そういって母は僕の頭に優しく手を置いた。その手が温かくてむず痒くて、だからこそ母を、妹を守れない自分の無能さに心を腐らせるのだった。


「ただいまぁ~」

「あー!お父さ~ん!」


 妹渾身のタックルが父を襲う。けれどがっしりとした村の門番として鍛えた父はそれを受け止めた。


「ただいま、エメ」

「おかえり!お父さん」

「よし、エメ!そんなに元気なら槍の練習をしようか!」

「いいの?やったぁ!」

「あー!もうビリー?まだ危ないわよ」

「大丈夫さ!俺がついてる」


 そうして二人は庭へと去っていった。僕も出来ることをしないとね。


「母さん、洗濯と夕飯の手伝い何かある?」

「……そうね、父さんのシャツと私のスカートを洗って来てくれるかしら?あとは夕飯に卵を使うから小屋から取ってきてくれる?」

「うん、任せて!」

「優しい子、きっとあなたの優しさをみんないつか知ってくれる」


 そういってもう一度頭に手を置いた母さんは台所へと去っていった。


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「まだ僕にはこの井戸水は冷たくないからいいけど、母さんにはキツいからなぁ」


 思わず独り言が漏れる。その声がどこか大きいのはきっと僕がまだ未熟で稚拙な証拠だ。


「ほら!身体の中心と穂先の向きを見失うな!」

「うん!」

「穂先の目指す位置を逆算するんだ」

「こう!かな!」

「いいぞ!」


 妹のいつになく真剣な声、父の希望の詰まった応援。その全てが羨ましくて、けれど誇らしいのだ。妹の槍はただの槍ではない。あれは魔槍だ。穂先には緩やかな風を常に纏っているのを僕は知っている。きっと本気で努力すれば妹は王国の騎士にだってなれるだろう。自分の夢を知っている誰かが代わりに叶えてくれる。それはそんなに悪い気分ではなかった。


「……だ、嘘だ!」


 思わず布を擦る手が荒くなる。その時の父の言葉が僕の心を砕いた。


「いいか、エメ。強くなってこれから産まれてくる弟か妹も、そしてエヴァのことも守ってやってくれよ」

「うん、私が守る!お兄ちゃん大好きだもん!」


 悔しい、悔しい、悔しい!

 けれど、その悔しさはどこへぶつけろと言うのか。だから僕はへらへらと笑うのだ。きっと、笑顔でいれば。誰かが守ってくれるから。


「ビリー!村外れに足跡の群れが出たって!」

「まさか!?」

「どうしたの?どうしたの!お父さん!」


 走り込んできたのは父の同僚であった。


「とにかく、いこう!」

「わかった、エメ。お母さんに少し仕事に戻るって伝えてくれ。わかったか?」

「うん!」


 そうして父ともう一人の門番の男は家を去っていった。それを影から覗いていた僕は、また悔しかった。きっと村が魔物に襲われても僕は、なにもできないのだから。


「エメ、卵を拾うの手伝ってくれる?」

「うん!」


 僕に出来るのは妹を退屈させないくらいのことだった。

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