6・スパーキング

 吉祥院さんと別れ、家に帰った俺は、あることに気付いた。

 ここ三日ほどヌいていない。

 休日は海翔の荷物持ち。

 そのあと、吉祥院さんのことが気になっていたためか、シコることがなかった。

 思春期の若者が三日も抜いていないと、大変なことになる。

 この苦しみは女にはわからないだろう。

 そして、一度 自覚すると、股間は大変なことになってしまった。

 これは一度 全部 出さなくてはならない。

 そこで俺は飯を食べた後、風呂に入る前に、ロシア美少女のグラビア雑誌を手にし、自家発電の体制になった。

 その時、姉がノックもせずにドアを開けた。

「電話ですよー」

 姉が間延びした喋り方なのはいつものこと。

 問題は姉が下着姿だということ。

 シャツ一枚つけていない。

「玲! 服くらい着ろよ! っていうか弟の部屋に入る前にノックぐらいしろよ!」

 俺が下半身 丸出しなのに、姉の玲はまったく動じず、

「あらー。シコってたのですかー。それなら お姉さんがオカズになってあげたのにー。生の裸ならいつでも見せてあげますよー」

「俺は実の姉の裸でシコる変態じゃないよ! 早く出て行ってくれ!」

「でもー、電話がー」

「わかったから!」

 俺は電話の子機を 姉から奪うように取ると、姉の背中を押して部屋から追い出す。

 これで普段は一流企業の社長秘書をしてるんだから。

 美人はどこでも優遇される言ってのが世の常なのか。

 玲は顔だけは良いから。

 性格はダメだけど。

 そんなことを考えながら電話に出る。



「あ、もしもし。吉祥院ですわ」

 意外な人物だった。

 放課後の時とは打って変わって、深刻な声だ。

 なにかあったのか?

「夜分遅くに申し訳ありません。実はお願いがあって……」

 お願い?

 そこはかとなく 心トキメク言葉に胸がドキンとする。

「……突然 こんなことをお願いするのは心苦しいのですけど、でも 今 言わないと後で絶対に後悔すると思いまして」

 真剣な、それでいてどこか恥じらう声。

 これは……もしや……アレか!

 乙女の秘密を守ってくれたお礼に、乙女の大切な物をあげるという、現在ではエロゲーにすら存在しないアレか!

 いや、吉祥院さんが名前もないモブにそんなことするなんてあり得ないよな。

 でも、ひょっとしたら、ひょっとして……

「あの……聞いていますか?」

「も、もちろん」

 聞いていないわけがありませんのことよ。

「よかった……では、これからわたくしと会っていただけないでしょうか?

 その……二人きりで」

 脳内電撃スパーキング!

「二人きりでと言われなさいましたか? 二人きりとおっしゃいましたでごぜえましたでしょうか?」

「どうして変な敬語になっているのかわかりませんが、その通りですわ」

 こんな時間に二人きりで会いたいって……これ ホントにホントのホントで……

「3・14159265358979323846……」

「なぜ 突然 円周率を始めたのかはわかりませんが、今から学校に来て欲しいのですわ」

 ……学校。

 学校というのは当然、俺たちが通っている学校 以外にない。

 季節外れの肝試しをやるわけではないのならば、つまり初めては学校でというイニシャル・エー・ブイの如きシチュエーション。

 吉祥院さんは電話から、

「実は鞄を忘れてしまって。それを取りに行きたいのですが、一緒に来て欲しいのです」

 俺は急速に冷静になった。

 うん、そうだよね。

 乙女の大切な物を そう簡単にくれるはずないよね。

 冷静になった俺は吉祥院さんに、

「鞄なら明日でもいいんじゃないか?」

 明日も平日で登校する。

 教科書の類いはスポーツバッグにでも入れていけば良いだろうに。

「実は例の本が入ったままなのですわ」

 ……あの薄い本か。

「っていうか、吉祥院さん。聞きそびれてたけど、なんであの本を学校に持ってきたの? 持ってるところを見られたら、みんなに趣味がバレるのに」

「実はここ数日お稽古や習い事が忙しくて、せっかく買ったあの本を読む時間がありませんでしたの。

 でも、早く読みたくてたまらなくて、それで学校の自習室を利用して読もうと」

 うちの学校は自習室に金をかけていて、机がスペースで区切られていている。

 それなのに利用者がほとんどいないから、マンガとか持ち込み禁止されているものを、そこで読んでいる奴が多い。

 つまり、それと同じことをしようとしたわけか。

「なんつー危険なことを」

「どうせ自習室を使っている人などおりませんわ」

「まあ、そのとおりだけど」

「それで、ようやくあの本を読むことができたのですけれども、気を抜いてしまって、鞄に入れたのは憶えているのですが、肝心の鞄を自習室に忘れてきてしまって」

 それは、ちょっとまずい。

 自習室は朝一で生徒会がチェックする。

 さっきも言ったが、マンガとかを持ち込む奴が多く、その忘れ物も多いからだ。

 生徒会が吉祥院さんの鞄を発見し、そして中身を見たら、そのことを沈黙していられるだろうか。

 学校一の高貴な令嬢が腐女子。

 有名人の秘密ほど誰かに話したくなるのが人間。

 一人でも話せば、後はねずみ算式。

「ですので、学校に取りに来たのですが……その……」

「鍵が閉まってて入ることができないんだね」

 夜なんだから鍵は当然閉まっている。

「いえ、入ることはできるのです。ただ、なんというか……怖いのです」

「怖い?」

「夜の学校が怖いのです。昼はあんなに明るくて楽しい学校が、夜の今は一転して本格リアル系お化け屋敷の如き様相を……

 わたくしホラー映画とか全然ダメでして。

 今、学校の前のにいるのですが、それだけでも正直 逃げたいくらいですの。これで一人で入るとなると足がすくんでしまって。

 それで誰かに一緒に来ていただけないかと……でも、わたくし頼める人が、その……」

 確かにその事情だと俺以外 頼めるやつはいない。

 下手に誰かに一緒に来てもらうようお願いして、例の本を見られたら、藪をつついて こちらスネークってな感じに。

「その、ダメでしょうか? 貴方には度々迷惑をおかけしていることはわかっているのですが、でも……」

 泣きそうになっている。

 電話だから顔は見えないけど、間違いなくアニメショップの時と同じように、半べそをかいている。

 そんな状態の吉祥院さんを放っておくことなどできようか?

 いや! できない!

「わかった、すぐに学校に行く。二十分ほど待ってくれ」

「……え? 来てくださるのですか?」

「ああ、どうせやることもないから」

 シコるのは後回しだ。

「あ、ありがとう、ございます」

 吉祥院さんは感極まったような声。

 夜の学校がホントに怖いらしい。



 続く……

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