2・金属の歯車の蛇

 彼女の秘密を知ることとなった その日、俺は幼馴染みの朝倉海翔と一緒にアニメショップに来ていた。

 さて、新入生対象 人気投票の話を憶えているだろうか

 朝倉 海翔。

 こいつが一位に選ばれた男だ。

 男子部門 一位。

 総合部門 一位。

 女子部門 一位。

 なぜに女子部門まで一位なんだ?

 まあ男なのに女の子よりも可愛い顔が原因だろうけど。

 しかし、朝倉海翔は外見だけは男なのに女の子よりも可愛い美少年なわけなのだが、

「やったー、マジカルカードさくらの新作ブルーレイ出てるー。この回は神回だったからねー。さくらが新しいマジカルカードを手に入れるんだけど、それがなんと不発で大ピンチ。そこにアカネちゃんが援護に来るんだけどー。

 あっ、キューティープリティーの新刊もでてるー」

 海翔は二次元美少女をこよなく愛するオタクだ。



 実は 高校に入ったばかりの頃、こいつと俺が仲良くしているのを見たクラスメイトたちが、俺たちがBLな関係だと噂し、俺たちに直接 BLなのかどうか聞いてきた。

 海翔は怒りをあらわに、アニメの美少女の素晴らしさを、全校集会で二時間にわたって熱く語り、BL疑惑は一瞬にして消えた。

 代わりに海翔は松陽高校オタク代表に認定された。

 本人はそのことを誇りにしている。

 ヤレヤレ。



 しかし こいつのアニメトークにはついて行けない。

 俺もどちらかといえばオタクで、ゲームオタクと言っても良いと思う。

 だけど こいつのコアなアニメトークにはついて行けない。

 しかも こいつは俺が相づちを打ってもいないのに喋り続ける。

 なぜ俺がこいつに呼ばれたのかというと、荷物持ちが必要だと言うことだった。

 断ろうかと思ったが、俺は海翔に貸しがたくさんある。

 荷物持ちくらいするのが義理といういうものだろう。

「あ、僕はゲームコーナー見てくるね、そのへんで待ってて」

「ゲームなら俺も見に行くぞ」

 俺は美少女オタクではないが、ゲームは好きだ。

「ギャルゲーだよ」

「ならいい」

 俺は硬派なゲームしかやらん。

 生物災害。

 金属の歯車。

 悪魔も泣き出す。

 最近は死の座礁にはまっている。



 海翔がギャルゲーコーナに向かっていくのを見届けた後、俺はマンガコーナーをぶらつくことにした。

 そこに、いきなり怪しい人物を見た。

 俺と同じ年くらいの女の子。

 なにも万引きでもしようという雰囲気だったわけではない。

 彼女はマスクとメガネをかけて顔を隠していたのだ。

 それなのに その服は、財閥のお嬢様がお忍びで着るような、清楚で それでいて高級であることが、ファッションに疎い俺でもわかるほど。

 そして髪を有明マダムがつけるようなスカーフで隠しているが、長い縦のロールを巻いた金の髪は大部分が隠せてなかった。

 あからさまな不審人物だった。

 メチャクチャ 怪しかった。

 っていうか、吉祥院・セルニア・麗華さんだった。

 彼女は金属の歯車の蛇のように、人目に付かないよう本棚の影に素早く移動しながら、同人誌コーナーへ。

 そして並べられた同人誌を物色し、お目当ての物を発見したのか、それを両手で持って頭上に掲げた。

 RPGなら、宝箱を開けた時に当たりだった時の音楽が鳴りそうな感じだった。

 そして一生の宝物であるかのように胸に抱きしめると、レジへ向かおうとしてだろう、方向転換した。

 そして俺と正面から鉢合わせした。

 吉祥院さんの動きが止まる。

「……」

「……」

 お互い動けない。

 なんだ この緊迫感は。

 しばらくして吉祥院さんが、

「あの、レジに行きたいので、そこを通していただけますか」

「ああ、ごめん。吉祥院さん」

 吉祥院さんの体が強張る。

「な!な!な!な!な! なんのことですか!? 誰のことですか!? 私は吉祥院・セルニア・麗華などという方ではありませんのことよ!」

「名前まで言った。フルネームで言った。俺は名字しか言ってないのに吉祥院・セルニア・麗華って全部 自分の名前 言った」

「うえ?! え?! ええ!?」

 動揺しまくっているのがありありとわかるなあ。

「あの、吉祥院さん。とりあえず、マスクとメガネを外してもらえるかな」

 吉祥院さんは俺が言ったとおりマスクとメガネを外した。

「……ううぅ……うぅぅうぅ……」

 泣きそうになっていた。

「……知られた……知られてしまいました……おしまいですわ……ううぅ……」

 周囲のオタクどもが、

「なんだあいつ? 美少女なオタク女子を泣かせたのか」

「顔面偏差値の高いオタク女子は希少なんだぞ」

「それを泣かせるとは許せないでござる。どうしてくれよう」

 なんかオタク集団にリンチされそうな雰囲気になってきた……

「わかった! 吉祥院さん! だいたいわかったから! 秘密にする!」

 俺は慌てて泣き出す寸前の吉祥院さんにそう言うと、

「え? 秘密に?」

 彼女はきょとんとした表情になった。

「つまり こういうことだろ。

 吉祥院さんは同人誌を購入するほどのコアなオタクなんだけど、それを知られたくない。吉祥院さんの家ってそういうのうるさそうだし、多分禁止されてるんだろうな。だから家族には秘密の趣味な訳だ。

 それに 学校でも なるべく知られたくない。自分のイメージが崩れるとか、そういうこと心配して。それから 学校で知られると、なにかの経緯で家にも知られるかもしれないし。だからみんなにも秘密にしている。

 だいたい こんなとこだろ」

「そ、そうですわ。おっしゃるとおりです」

 吉祥院さんは心なしか安堵したようだった。

「じゃあ、秘密にする。このことは誰にも話さないよ」

 吉祥院さんは春の木漏れ日のような笑顔で、

「淑女の秘密を守るなんて、あなた紳士ですのね。感謝いたしますわ」

「どういたしまして]

 俺も微笑み返し、

「それにしても、吉祥院さんがこういう趣味だったなんて、正直 意外だったな。

 海翔ほどじゃないんだろうけど、同人誌まで買うほどのオタクだったなんて。

 でも、なんだか親近感がわくな」

「親近感ですか?」

「うん。今まで雲の上の人みたいに思ってたから。でも 俺たちと同じところがあるんだなって知ると、なんだか吉祥院さんと仲良くなれそうな気がする」

「……そんなことを言ってくださる人は初めてです。でも、わたくしもクラスメイトとは親しくしたいですわね」

 俺と吉祥院さんはお互い笑顔を交わした。

 そして俺はふと、

「なあ、吉祥院さんはどんな本を買ったの?」

 吉祥院さんが手にした本と同じ本を、陳列されている同人誌コーナーから手にした。

「あ!? ダメです! お待ちになって!」

 吉祥院さんの制止は間に合わなかった。

 吉祥院さんの本。

 その表紙は美少年と美少年の顔が不自然なまでに接近しているものだった。

 陳列棚にはそれと似たような表紙がずらりと並んでいた。

 他にも美少年が服を脱ぎかけた物や、美少年の股間が強調されている物。

 ストレートに半裸の美少年同士が絡み合っている物も。

 っていうか、BLコーナーだった。

 ……

「……」

 ……

「……吉祥院さん、腐女子なんだ……」

「……ううぅ……知られてしまった……知られてしまいましたわ……もうおしまいですわ……ううぅ……」

 吉祥院さんは また泣き始めた。

 でもって周囲から、

「あいつオタク女子の秘密を盾に脅してやがるぞ」

「エロゲーのようなことをやらせろと言ったに違いねぇ」

「リアルとフィクションの区別も付かないとは、オタクの風上にも置けないでござる」

 やばい。

 またリンチされそうな雰囲気に……

「わかった! 秘密にする! このことは誰にも話さない!」

「……秘密にしてくださるのですか? こんな趣味を持つ私にドン引きしたりしませんの?」

「しない。しないから。っていうか、BLは女子の嗜み みたいなもんだから。

 だから、その、あんまり気にすることはないんじゃないか。

 いや、もちろん秘密にして欲しいみたいだから、誰にも話さないけど」

 吉祥院さんは笑顔になった。

「貴方、いい人なのですわね」

 いい人というのは男にとって消して褒め言葉ではなかったり。

 だけど、吉祥院さんを安心させることはできたようだ。



 そして 吉祥院さんは本をレジに通し、

「明日、学校で」

 と俺に言うと帰路についた。



 吉祥院さんの意外な一面を見た俺は、彼女を身近に感じたりもしたけれど、それだけで終わりだと思っていた。

 吉祥院さんは世界的財閥のご令嬢。

 それに対し俺は名もなきモブ。

 偶然、二つの線が重なったに過ぎない。

 この時はそう思っていた。



 だけど、これだけでは終わらなかった。

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