<4.為せば成る>

「――というわけで、橋作りは振り出しに戻った。どうにか短時間で橋を組み立てる方法を考えなきゃいけない」


 放課後、図書室に集まった俺と早坂は今後の対策を考える。


「いっそのこと、組み立てるんじゃなくて橋を全部作ったあとに運んでしまうのはどうでしょう」

「俺もそれは考えたけど、陽介が言うにはかなり難しいみたいだ。質量が大きすぎると、さすがに浮遊魔法も効かなくなるらしい。なんてったって百メートル級の橋だからな、そりゃ重たい」

「そうなると、接続部分の簡略化を考えるのが現実的なんでしょうけど、技術的な問題は手にあまりますね。専門的な知識がないと助言することもできない」


 どれだけ頭をひねっても、打開策はまったく見えてこない。俺達は行き詰まり、次第に言葉数は少なくなっていった。

 やがて沈黙が訪れ、よどんだ空気が図書室を満たしていく。おのずと気持ちも沈み、妙な居心地の悪さを感じた。

 安請け合いしたことを心底後悔する。こんなことなら、有無を言わさず突っぱねればよかった。


「いまさらだけど、今回は断念しようか。どう考えても手立てがない」

「でも、それだと倉本くんが困るんじゃないでしょうか……」


 俺は肩をすくめて、フンと鼻を鳴らす。


「まあ、困らせときゃいいさ。やたらと頼られても、できないことがあるってわからせといたほうがいい。このままだと、あいつの注文はどんどんエスカレートしていきそうだからな」


 俺のギブアップ宣言に、早坂はしゅんとして顔を伏せた。眉間にしわが寄って、メガネがわずかにズレている。落ち込んでいるというよりは、悔しがっているふうに見えた。

 何もそこまで思い詰めなくてもいいのに――と内心呆れるが、それだけ本気で取り組んでいてくれたということであるのだろう。申し訳ない気持ちが、じわりと胸にわき出してくる。


 ここは一つ、ねぎらいの言葉をかけてやるべきだと思うが、あいにく残念な思考回路しか持たない俺の頭では、気の利いたセリフは都合よく生まれてくることはなかった。

 その結果、再び図書室に重い沈黙が下りる。


 気まずさに耐え切れず、ダメ元で適当な話題でお茶をにごそうとしたとき――どんよりとした空気を吹き飛ばす、騒がしい声が乱入してきた。


「あ、いたいた! ねえねえ、あのあと陽介はどうなったの?」


 小町が跳ねるような軽い足取りで、図書室に入ってきたのだ。頭の上の雪だるまも、ぴょんぴょん弾んでいる。

 さらに、もう一人、見知った顔のオマケつきだ。派手な化粧をばっちりと決めたギャルが、コテコテの関西弁を発する。


「なんや、またおかしなことになっとるそうやな」


 須間千里だ。おそらく友人の小町から話を聞いて、からかい半分で様子を見にきたのだろう。光沢のあるリップで彩られた唇は、ニヤニヤと締まりなくゆるんでいた。


「大久保さん、千里さん――」


 メガネの奥で目を丸くした早坂は、イスを倒しそうな勢いで立ち上がった。

 俺は机に寄りかかったまま、脱力するように吐息をつく。とてもじゃないが歓迎する気にはなれなかった。特定のジャンルに特化した二人が、専門外の問題で役立つとは思えない。


「よお、メガネちゃん、ひさしぶり。相変わらず倉本にコキ使われとるみたいやね」

「す、好きで手伝ってるんで、コキ使われてるわけじゃあないですよ」


 冗談とわかっているので、早坂の返事の声は軽妙だ。面倒な二人ではあるが、場の雰囲気を変える意味では有用だった。


「そんなことより、あれからどうなった? どうなったの?」


 まるで体をすりよせてくるように、グイグイと小町が迫ってくる。

 俺はうっとうしい雪だるまを押しのけながら、しかたなく異世界の状況を説明した。


「あー、ダメだったかぁ。自然相手ってのは、やっぱり厳しいんだなぁ」と、小町は大げさにがっかりする。テンションが上がるのも急激なら、下がるの急激だ。

 対して須間は、「なんか、大変そうやな」と、まるっきり他人事である。他人事であるのは確かだが、一度は手を貸してくれた間柄なのだから、少しは親身になってくれてもいいだろうに。


「でさ、こっからどうすんの。なんか打開する方法は考えたの?」

「いや、今回はもうお手上げだ。あきらめようと思ってる。ただの高校生に、建築指南なんて最初から無理だったんだよ」

「えー、なんでぇ!」小町は声を跳ね上げて、同時にまんじゅう顔をプクっとふくらませた。「どうしてどうして! もっと考えようよ。途中であきらめちゃったら、つまんないよ!!」


 俺は嘆息して、顔をしかめる。


「つまらないと言われても、どうしようもねえだろ。俺にどうしろって言うんだ」

「そりゃあ……」やはり対処法のない小町は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐさま頭を切り替えて視線を友人に向けた。「ねえねえ、センちゃんは何かいい方法思いつかない?」


 ふいに話題を振られた須間は、油断しきった顔のまま目を泳がせる。鋭利なつけまつ毛が小刻みに震えていた。


「そんなもん、あるわけないやろ。建築のことなんて、なんもわからん」


 それは、そうだろう。畑違いの須間にたずねることが間違っている。

 頭数が増えたところで、専門の知識がなければ解決策は思いつかない。素人考えで対処できるほど、橋の建設は単純なものではなかった。


「まあ、雨さえ降らへんかったらええんやし、てるてる坊主の作り方でも教えてやればええんちゃう」

「それは、異世界にもあるんだってよ。きっと、もう山ほど作ってる」

「なら、この際、川をせき止めるか。水さえなかったら、楽に橋も建てられるやろ」


 真剣さの欠片もない、冗談めかした発言だった。須間はヘラヘラ笑っている。

 だが、この一言が、八方塞がりだった状況を打破する起死回生の一手を導くことになる。


「あーッ、そうだ!!」


 いきなり小町が甲高い奇声をあげて、体を大きく震わせた。

 まるでカミナリに打たれ感電したかのような不可解な挙動に、俺も早坂も、友人の須間までもドン引きした。


「そうだそうだ、そうなんだよ。どうして見逃してたんだろう。うん、絶対そうだ!」


 何を思いついたのか、小町は一人納得して、何度も何度もうなずいている。いまにももげ落ちそうな勢いで、頭の雪だるまが激しく揺れていた。

 俺と須間が問いかける役目を巡り、目線で牽制しあうなか、おそるおそる早坂が声をかけた。


「あの大久保さん、ど、どうしたんですか?」

「川だよ、川。川、川!!」と、狂ったように繰り返す小町に、怯えをにじませて早坂は顔をひきつらせた。


 彼女ばかりに面倒を押しつけるのは、さすがにかわいそうだ。不本意ながら俺が引き受けることにした。


「おい、小町。ちゃんと人間の言葉で説明しろ」

「だから、川だよ。橋を作ることに気を取られすぎて意識してなかったけど、問題の根源は雨で増水した川の対策なんじゃないの。これって本当に目を向けるべきは、治水対策だと思うんだ」

「治水って……まあ、言わんとすることはわかるが、結局同じだろ。どっちにしろ専門知識がないと、解決のしようがない」


 小町は小憎らしい得意顔で、俺の鼻先にビシッと指を突きつけた。


「わからないときは、先人の知恵を借りればいい。ちょっと待ってて――」


 そう言って、小町はやにわに書架へ駆けていった。俺達は思わず顔を見合わせて、困惑を分かち合う。

 その不可解な行動の目的を知ったのは、五分ほど待たされてから。小町は一冊の本を抱えて戻ってきた。


「解決方法は、ここに書かれてる!」


 ドンと机に置いた本は、戦国武将の生涯をつづったシリーズ物だ。この書籍で扱っている武将は――「えっ、武田信玄?!」

 小町は大きくうなずいて、武田信玄の銅像が飾る表紙を愛おしそうになでた。


「信玄公は、言わずと知れた戦国時代の大大名。現在の山梨県にあたる甲斐の国を治めていて、信長や家康も恐れる戦上手な武将だった。風林火山の旗印は有名だよね」

「武田信玄のことはいいから、本題に入れ」

「そこを飛ばしちゃうの、もったいないなぁ」不満ありありのむくれ顔で、小町は本を開いてもくじに目を通す。「あった。ほらっ、ここ、ここ!」


 指し示された項目を早坂が読みあげた。


「えっと、『武田信玄の内政記録』ですか?」

「うん、そう。合戦方面がよく取りざたされる信玄公だけど、すぐれた政治手腕の持ち主でたくさんの業績がある。そのなかでも一番の業績と言われているのが――治水システムの構築なんだ」


 武田信玄と治水――ここで話がつながる。

 俺は半ば無意識に身を乗り出し、小町のまんじゅう顔を見つめた。思いもよらなかった糸口を提示されて、期待に胸がふくらむ。


「甲斐には釜無川と笛吹川という富士川に合流する河川があって、ここは昔から水害が多かったんだって。そこで我らが信玄公が治水工事に着手、二十年近い年月をかけて築いた堤防が、かの有名ななんだ」


「に、二十年ですか……」と、眉をハの字に下げた早坂が戸惑いをもらした。

 俺はがっくり肩を落とし、机に突っ伏す勢いでうなだれる。胸の奥で、急速に期待がしぼんでいくのがわかった。


「あのなぁ、いくらなんでも時間がかかりすぎだろ。陽介はあれでも一応勇者なんだ、そんな長いこと治水工事に関わっていられないと思うぞ。それに堤防を作るって、下手すりゃ橋を作るより難しいんじゃないか」


 反論を予想していなかったのか、小町はわかりすくムッとする。


「それは、しょうがないよ。一朝一夕で治水工事が終わるわけがない。ただ、全部を全部陽介がやる必要はないんじゃないかな」

「どういうことだ?」

「おおまかな基礎部分だけでも、ある程度は効果があると思うよ。とりあえず橋の制作と同時進行で堤防を作って、間に合わないところは現地の人に託せばいい。だいたい工事は、いろんな人が協力して行う共同作業なんだから、一人で何かもやる必要なんてないんだよ」


 この意見に須間も同調する。


「公共事業は為政者の役目やからな。フラッと立ち寄った、よそ者に任せる仕事やない。領主が責任持つんがスジってもんやろ」

「まあ、そうか……そうかもな」


 声を揃えて言い含められると、そういうものかと簡単に見解が傾いていく。我ながら単純だ。

 だが、どうしても拭えない不安があった。その一点を解決しないことには、素直に満足できる状況とはいかない。


「言いたいことはわかった。でも、問題が残ってるだろ。堤防を作ると言っても、その作り方がわからなきゃどうしようもない。これだと橋作りで行き詰ってるのと何も変わらないじゃないか」


 俺の懸念を真正面から受け止めると、小町はまんじゅう顔を崩してニヤリと笑う。


「だから、解決方法はここにあるって言ったでしょ」グイグイと武田信玄の本を押しつけてくる。「ここに、信玄堤の構造は書かれてる。もちろん、信玄堤をメインで解説した本じゃないから、足りない部分はあると思うけど、そこはわたしがちゃんと講義してあげる」

「小町にできるのか? 堤防の仕組みは、お前にとっても専門外だろ」

「それは任せてよ。歴史に関係する事象を学習するの、大得意なんだ。とりあえず明日まで待って。きっちり勉強してくるから」


 自信満々に告げたその言葉どおり、小町は翌日には信玄堤の構造を頭に叩き込んで、俺達に講義してくれた。

 これで一応は解決案の用意は整う。あとは異世界の勇者次第――為せば成る、為さねば成らぬ成る業を、成らぬと捨つる人の儚さ。

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