Fin?

 午前中に撮った彼女の演技を、無慈悲にも僕は慣れない編集アプリを用いて、ザクザクと切っていった。

 そこにはきっと、新見さんのことが大好きなクラスの連中であっても見たことの無いような、女優としての一挙手一投足が捉えられていた。彼女の笑顔も、怒りも、悲しみも、全てが創作物として僕を驚かせた。

 ただそれは人工物としての創作で、創造的な演技ではない、もっと言えば、これを僕は他人に見せたくなかった。


 これは映画なんかじゃない、美少女・新見麻里紗のイメージビデオないしはグラビアだ。

 ヒロインがいえば映画は始まる。だがここには冒険も葛藤もない、ただヒロインが右往左往するだけの演技集。


 一日かけて、彼女の言わんとするところが徐々に分かってきた気がする。有り体に言えばこのシナリオには心が無い。新見さんの言葉を借りるなら、僕の話になってないんだ。


 彼女と僕の差は一体何なんだ。

 彼女だって別に女優志望としてこれまで生きてきた訳じゃない。演技の入門書を持っているところを見られて恥ずかしがっていたのだから、知識の差はないはず。

 それなのにどうして彼女だけは立派に完成させているんだ。

 不公平。理不尽。そんな言葉が字幕もないのに浮かび上がってはどこかへ消える。

 それを消せないなら、いっそ掴み取って締め上げたいくらいだ。


 思い返せば、いつだって僕はそうだった。

 勉強であれ、友人関係であれ、運動であれ、同じようにしても決して同じ結果にはならない。でも大人は僕らを個ではなく群として見ているので『青春だな』などと言ってのける。

 時には羨ましそうにしている大学生などもネットなどを見ていると一定数存在していることが分かる。


 これこそ、だ。

 僕だってもっと上手くしたい。そうでなければ必死に毎日勉強なんかせずに、サッカー部などに入ってるか、友達とプールにでも行ってる。

 どうして血迷ったように映画なんか撮る必要があるのか。

 そうでもしなければ青春に押しつぶされるからだ。

 みんな青春している。テレビでも、それこそ映画でも『アオハル』とか言って楽しんでいる。でもそれは堂々巡りになるが、個ではなくて全体としての青春像。一つのブランドや階層意識に近い。

 その階級に属していない人間は、さんざんテストで覚えさせられた奴隷や労働者みたいに偏見を持たれるんだ。


「だったら革命しかない」


 青春を一部の特権階級だけに独占させてたまるか。

 映画を武器に僕のところにまで青春を引っ張り出してやる。

 青春がであり、それを脱して初めて青春を賛美できるなら、僕はそれを映画という同時刻に大多数の人々へ伝える方法を用いて変革してみせる。


 ******


 あっと言う間に夏休みは過去へと流れ、今や文化祭当日。

 先生に頼み込んで、僕はコンピューター室を一時間だけ使わせてもらえることに決まった。

 とはいうものの、3階の端にあるこの教室は、僕のように急遽頼み込んできた人間や、当日の物置などで使われるのを目的とされているため、周りには何の模擬店も展示もない。

 それでも、新見麻里紗が主演としてほぼずっと登場し続け、それ以外には僕がほんの少し出てくるだけなので、それなりに人数は来た。つまりは映画ではなく彼女を観に…………


 ******


「お疲れ様でした、監督」

「女優さんもお疲れ様です」

「あんまり喜んでもらえなかったね」

 そりゃそうだ、痛々しいまでに『青春』を描き、結果、僕はそれを羨ましいのと馬鹿にしているのとを押し出してしまったのだから。


「新見さんも嫌い?」

「うん、だって、女優までも否定してくるみたいだもの」

「でもみんなカワイイカワイイって言ってたよ」

「バカ言わないで」


「………DVD、私にも頂戴ね」

「もちろん」

 この顔。僕は新見麻里紗の純粋な恥じらいだけは決して撮らなかった。

 それはせめてもの自身への報酬、言わばメイキングにも出さない制作秘話だ。


「で、次は私の番だよね」

「次回作とは結構乗り気だね」

「バカ言わないで。そっちの話じゃない」

「はい?」

「案外、早く完成したから、私の残りとは言えないせよ、『条件』は有効なはずよね?」

「………僕の大学4年間を新見さんに」

「捧げるって話」

「当然、承っておりますよ」



 その時初めて、それまでのべた付いた暑い風とは違う、ほのかに甘いような彼女の吐息を耳元で感じた。


「次は私がプロデューサーになる。だから、4年間でこれで入賞しなさい」


 彼女のスカートのポケットから出されたのは丁寧に畳まれたチラシ。

 そこには『求む、新進気鋭のシネアスト』と共に、『優秀賞には賞金100万円&プロ監督とプロ映画評論家による紹介!』と書かれていた。

 なるほど、不敵に笑う今の彼女は確かに女優ではなくプロデューサーだ。


「覚悟してね。万が一、人生が台無しになっても、このお金で補填してもらうから。岡田君風に言うとすれば、『青春代』だよ」


 …………やはり青春というものは名実ともに尊いようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

純度100%の真っ青な春を 綾波 宗水 @Ayanami4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ