選ばれなかった者達の胎動


 

 ――――その言葉は、不思議な言葉だった。

 

 誰もが知っていて。

 誰もがそれを疑問に思わなくて。

 軽視をされているような言葉だった。





「魔王は勇者が倒さなくちゃダメなんだよ? 分かった?」


 地面にまで伸びる長い赤髪の少女が、人さし指を立てながらそう言った。


「ねっ、父さん!」


 ちらっと後ろを確認すると、小麦肌の父親がニコリと笑った。

 ぱぁっと明るい顔になった少女は「分かった?」と繰り返す。



「――――なんで?」



 周りにいた子どもたちが頷く中、黒髪の少年は真っ黒な瞳を疑問で曇らせた。


「なんでって……」

 

 説明に困った少女は、パラパラと手元にあった大きな本を捲り、文字をなぞった。


「ええと……」

 

 魔王を勇者が倒さないといけない理由。

 なんでか、と言われると確かに分からない。



 御伽噺では『当たり前』で『そうであるべき』展開だ。

 その答えは、少女の手元の本には載ってはいない。

 

「んぅ……」


 苦心の末、導き出した答えは――


「神様が『そうあれ』と望む……か、ら……?」


 受け売りのような答えを口にした少女を見て、

 黒髪の少年は真っ黒な瞳を真っすぐ向けた。


「なにそれ。答えになってないよ」


「……うぅ、知らないよっ! 分かんないだもん」


 赤髪の少女の空色の瞳と黒い瞳が交差し、今にも喧嘩が起こりそうな雰囲気になった。



「――――勇者と魔王は神が直接選びます」



 パタン……と本を閉じる音を立て、二人の子どもの間に父親が割って入って来た。


 黒髪の少年は「う」と口をつぐみ。

 赤髪の少女は「わ」と口を開いた。


 その二人の姿を見て盛り上がるのは、周りにいた白髪とピンク髪と焦げ茶髪の子どもだった。



「指名された二人は、戦う運命を与えられるんですよ。その邪魔をしてはなりません」


 分かりやすくいうならライバルですかね。

 その言葉に目を輝かせたのは、ずっと口を尖らせていた白髪の少年で。


「俺とエレみたいだな!」


 紅瞳を黒髪の少年に向け、ふ、口元だけを緩めた。

 エレと呼ばれた少年は、ぷいっと視線を外した。


「勇者を支える人はいますが、付き人のような扱いですね。あくまで、倒すのは勇者一人です。魔王以外なら倒しても大丈夫なんですけどね」


「――ってこと! 分かったかな、えれくーん!」


 そんなエレに畳みかけたのは、父さんを味方に付けたズルい姉の言葉だ。


「…………」


 黒髪の少年は、鼻を高くしている赤髪の姉を睨みつけた。


「エレ、納得できませんか?」


「ちょっと……」


「分かる日が来ますよ。きっとね」


 小麦肌の父親はエレと呼んだ少年の頭を撫でると、その場に集まっている五人の子どもらに微笑みかけた。




「午前のおさらいをしますか。

 この世界は、今、魔王の脅威に晒されています。

 ですが、勇者がいません。なぜでしょう」


「神様がまだ選んでいないから!」


 赤髪の少女が答え、父親がニコリと微笑む。


「そう。秩序の神は、勇者の選定に時間をかけると仰ってました。ということはつまり……この五人の中の内、誰かが選ばれる可能性もあるということです」


「はいはーい! しっつもんです! それってアタシ達もなれるんですか?」


「もちろんです。なんて言ったって、私の子どもなんですから」


 父親の声を聞き、ピンク色の少女は恥ずかしそうに「へへ」と笑うと、

 焦げ茶色の少女にピッタリとくっついた。

 

「頑張ろうね!」


「あ……うん……でも、私は……なってもちゃんとできるか不安で……でも、なりたいな」


「俺が一人で魔王をぶち倒してやる。お前らはすっこんでろ――エレも!」


「勝手に一人で行ってくればいい。俺は自分のやり方でやる」


「コラコラ、みんな落ち着きなさぁい――」


 のはしゃぐ姿を見て、小麦肌の父親は机の上に本を置いた。


「はい。では、午前のお勉強は終わりにしましょうか」


 少年少女の歓声が聞こえ、また笑った。


「はい。お片付けをしてくださいね。あとは、そうだ……」


 思い出したように、扉の方にゆっくりと歩いて行って――振り返った。


「私はね、本当にあなた達に期待をいてるんですよ。

 自分の個性を活かして神殿のお手伝いをしてくれて。

 助かっている、と神官からよく話を聞きます。

 みんなの自慢の子どもです」


「へへ」


「それで、ですね。昨日のことも神官から聞かせてもらいましたよ」


 褒められた五人の子どもたちの顔は、恥ずかしがりながらも父親の話を首を長くして待った。

 けれど、次に聞こえた音と声で表情は凍りつくことに。

 


「――元気が有り余ってる、って」



 ――ガチャン。

 


侍祭アコライトのお手伝いを投げ出して山に行くくらいの元気と……度胸があるんですもんねぇ」


「……」

「……」

「……」

「……」

「……ご、ごめんなさ……」


「なんで謝るんです? 褒めてるんですよ」


 ニコリと笑ったままの顔が崩れない父。

 肩を寄せて俯いた子どもたち。


「この前は、母さんの農園から作物を盗んだ……とか。

 重要書類に落書きをしたり。

 夕祈り中に居眠り。

 挙句、立ち入り禁止と言っていたハズの山へ行くと。

 ほんとうに、元気が有り余ってるようですね」

 

 扉を背に、父親はパンッと手を叩いた。

 五人の子どもは、その満面の笑みを見て――諦めたように肩を落とした。



「さ、みんなが大好きなお勉強の時間です。机と蝋板の準備を」



 元気がある内に済ませちゃいましょう。

 全員から気怠そうな「はぁい」が漏れて、ゆっくりと動き出すと。


「元気元気! 子どもは元気が取り柄なんですから!」


 父親の言葉で、ムスッとしながらも子どもたちが端に寄せていた机をせっせと運んでいる中、

 白髪の少年はエレに近づいて行った。


「エレ。魔王を倒すのは俺だからな」


 先ほどの話をわざわざ小声でぶり返してきたようだ。


「…………」


 一度父親の方を確認すると、べ、と舌を出した。


「お前じゃなくて、勇者だろ?」


「だから! 勇者になるって言ってんだろ!」


「いや、アタシだよ! 奇跡も一番上手に使えるし」


「でも二人とも朝起きるの苦手でしょ? 多分、無理だよ」


「それは……関係ないと思う、けど」


 乗っかってきた他の女子三人に口をひん曲げる白髪の少年。


「お前らが勇者になりたきゃ勝手になればいいさ」

 

 珍しく譲ろうとするエレの言葉に、机を運び終えた四人は目を丸くした。

 

「俺は倒す方じゃなくて、護る方で役に立つ奴になるから」


 エレが頬杖を突きながら、ふ、と笑うと授業が始まった。



 この日から、三年が経った冬至の日。 

 秩序の神によって、勇者が選ばれたと報じられた。


 

 

 五人は、勇者に選ばれなかったのだ。

 

 一人は神殿に留まり、治癒の奇跡の勉強を進め。

 一人は諦めきれずに、一人で研鑽の旅に出かけ。

 一人は頬を膨らませ、各地で慈善活動を始めて。

 一人は冒険者になり、次々に功績を打ち立てて。

 一人は静かに受入れ、魔導学院の研究者になり。

 

 『五人』の途が決まったのは、選ばれなかったからだ。

  だからこそ、その一日を二度と忘れることがないだろう。

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