天至一矢①




「仲良くやってると良いんだが……」


 泣き叫んでいたアレッタを冒険者組合に下ろして、エレが向かったのは《麗水ノ海港》の北東側に天高く聳え立っている塔だった。

 

 その塔の名前は――【天至一矢アルキュラス】 


 石灰岩や貝殻などを細かく粉砕した……

 つまるところの白壁の材料をふんだんに使ったこの建築物は街路から見上げても、その先が見えない。

 雲を貫き、神が至る場所まで伸びているようだ。


「確か、名前の由来はそんな感じだっけか」


 その建築には大勢の者からの反対があったという話がある。

 神殿はその反対をする者らの中心であったとも聞いた。


「――神に人が至ろうとするとは、なんたるか! 神の怒りを恐れぬ愚かな者達よ! って話があったんですよ」


「へーーー!!!」


 エレの視界の横で、案内人のような赤髪の女性と子どもたちは視界に収まらない塔を見上げていた。


「教典からの引用……?」


 エレのうろ覚えの話では、数百年前のコトだったような気がする。

 いや、それよりも……あの案内人、よく調べてきたな。

 かぶりを深くし、少し離れたところで盗み聞きをする。


「えー、っと……地面から天にかけて細くなっていく造りは、上部に建築をしていくための工夫で。たしか、雨風によって倒壊をしないように堅牢な土台を造る目的を果たしているんですよ」


 知らない説明がぽんぽんと出てきて、エレも耳を傾けた。


「その外観は至って複雑で、

 城壁が斜面となっていくつも重なるような箇所があって、

 人が住めれる住居のような箇所が乱立している所もあって、

 ただの坂道のような箇所もある……。

 それが、この天至一矢アルキュラスなのです」


 おー、と子どもたちから感嘆の声が聞こえて、

 エレもかぶりを持ち上げ、一緒にその塔を見上げた。


「外観も複雑だけど、その内部も複雑な迷宮のようになっているの。本当、不思議だよねぇ。どうやって作ったんだろー」


 わざとらしい声の後、女性の手が高く上がった。


「じゃあ、ここで問題!

 みんなは、この塔は神が建てたものか、そうじゃないか!

 どっちだと思いますか?」


「せんせー、どう考えても『神が建てた塔』だと思うんですけど」


「そうねぇ。でも、はっきりとコレだ! ってまだ言えないの」


「え? でも……」 


「今ある技術力を全部を使っても無理。

 建築士と石工職人を募りに募っても無理。

 同じ塔は建てることは不可能。それでも、言い切れない」


「神が造ったって言い切った場合、何か困ることがある……とか」


「お、いいトコロに気が付きました」


 案内人を唸らせた若者を見て、ス、と目を外した。

 あの紫髪の少女、中々鋭い。


「これからもし、何かこの塔によって問題が起こった際、それは神様の怒りとして捉えられることがある。

 でも、この塔が神様が造ったものじゃない場合……」


「――あ、思い込みで神に不信感が募る」


「へへ。みんな優秀で先生嬉しいな」

 

 じゃあ、次は違う角度から見てみましょう! 

 そう言いながら子どもたちの背中を押す女性は、チラとエレを見た。


「…………あなた、さっきから盗み聞きしてたでしょ」


「悪いな。あまりもうまい説明で、聞き入ってたんだ」


 顔を見られないように、かぶりを深くした。


「良く調べてるんだな。神殿の関係者かな」


「…………そういうあなたは――」


「せんせー、はやくーー」


「あ、はーーい。今行くわ」


 赤髪の女性は子どもらの背中を追いかけ、【天至一矢】から離れて行った。


「…………元気そうでなによりだ」


 長い赤髪が揺れる背中を見送り、止めていた足を前に出した。



「俺なら……ああ指摘されたら答えれないだろうな」



 聖典を全て読んでいても、この塔は不明瞭な部分が多い。

 知らないではなく、分かっていないのだ。


 人が入れる場所は、利便性が良いように改築をされているらしいから……適当に連れ込んで満足させて帰らせるのが最適か。 

 アレッタに聞かれたらそうしよう――



「あっ、エレさん。今来たんすか~! まだ10分前っすよ」



 見上げていたエレの後ろから誰かが駆け寄ってきて、

 エレの近くでピタリと止めて酷く適当な敬礼をしてきた。



「……あー……なんだ、お前か」



「なんスカ! あっ、普段の服じゃないから気が付かなかったって? まったくもー。人を服で判断しないでほしいッス!」



 金髪で人懐っこそうな態度でエレに接する彼は、これからエレが赴く場所に呼び出されている人物の一人だ。


 普段身に着けているような衣類と正反対の女性服のようなもこもこした灰色の服を身につけてはいるが、腰帯に最低限の武器が腰にぶら下がっている。


 それも普段使いの武器ではなく、新品の小刀だ。


「小刀……? お前が? どうした。いつも使ってるの壊したのか?」


「気分転換っすよ。気分転換~。どうせ、武器を持ってきても使わんのなら身に着けやすい装備がいいって思って」


「扱えん武器なら、持ってこんほうがいいだろ」


「そーいうエレさんは装備付けて来てるじゃないですかあ。そういうことっすよ」


「さすがに私服で行くのは不味いだろ」


「まぁそーっすねぇ」と流されて、二人は《天至一矢アルキュラス》に向けて歩き出した。




      ◆◇◆




 塔の一階はとても広い。

 人の行き交いは街中よりも多くないが、少なくはない。

 この人々の目的は――一階部分に広がる大広間だろうか。


 エレ達はそこに立ち入り、相変わらずの美しさに歩くのをしばし緩めた。


「やっぱり、綺麗っすね~!」


「あぁ……ここだけ世界が違うようだ」


「神殿よりも神殿っぽいなぁ~、やっぱり。ここを神殿にしたらいいのに、そうしたら、なんか、もう、ねぇ?」


 信仰なんてがっぽがっぽと、お布施もたぁくさん貰えるのに。


「お前みたいな考えの奴は、たくさん見てきた」


 俗物な考えをする人間は多い。

 

 だが、確かに、この場所は神殿とは全く違った神秘的なものを感じさせてくる。


 その大広間を照らすのは、空間上部を覆っている太陽の光を吸収する鉱石からの光。

 一つ一つがダイヤモンドのように美しく輝き、

 始めて見た者はその美しさに放心をし、

 足を止めて見上げるだろう。


 ここ《麗水ノ海港》の観光名所だ。


 無料で開放され、休憩ができるような造りにされていることから、訪れた人が各々のやり方でその空間を楽しんでいる。


「下手な公園よりも広いですし、神様の像とかを、あっちとかに置けば……」


 この男の言いたいことは分かる。

 そうした空間であることは認めているが、エレとしては……。


「――まぁ。ここは、なんか。違うだろ」


「なにがっすか? いいじゃないですか。綺麗で。神殿ってそーいうーとこでしょ?」


「言葉にはできんが、少なくとも俺は嫌だ」


「……?」


 この空間から安らぎを与えられている人たちを横目に、補装された一本道を歩いていく。

 

「そういえば、エレさんが俺と同じタイミングで同じ場所に入るって中々ないじゃないですか!? 成長っすか!? 俺成長しました!?」


「そーな。まぁ、もう少し早く……今頃には中に入っとこうかと思ってたんだが。駄々をこねられてな」


「ダダ? れにっすか?」


「あー……まぁ。そのことはいいや。とりあえず――事前に話をしていた、エレです」


 そう話しながら、空間の奥にあった受付で話を進めていく。

 せっかくだからと、傍らでせわしなく動いている男性のぶんも手続きをしておく。


「確認が取れました。それでは少々お待ちください」


 奥に引っ込んでいった受付嬢を見届けると、こそっとエレに耳打ちを、


「少々ってどれくらいっすかね?」


「すこしだ。天井の光の数でも数えてろ」


「12345678――」


 その時、受付の横の閉ざされていた扉がゆっくりと下に下がっていった。


「いくぞ」


「ま、う、15まで数えれました」


「すごいな」


 開いた扉の先を歩いてくと、暗がりの中に円を描くように六つの篝火が配置されている場所に繋がっていた。

 ここだけ洞窟の中をくり抜いたような場所で、先程の場所とは雰囲気が全く異なる。


 二人は篝火に囲まれた中心へと足を運び、止まって、振り返った。

 何かを待つように二人はただ立ったまま、虚空を見つめる。



「――でっ、駄々って何の話すか!? 情報を小出しにして気になるところで止めるとか、悪徳商法にでも手を染めましたか! 見損なったっすよ!」


 我慢ならなかったのか、話を繰り返した男に視線を移さないままエレは言葉を返した。


「続きを知りたくば、カネを払えって?」


「そーっス!」


「今時、そんな奴も出てきたのか……世も末だな」


「誰かが、魔王を倒さなかったからっすね~……ネ!」


 にやにやとした顔でエレの顔を覗き見ようと、姿勢を倒す。

 その顔に手を押し当てて、鼻を鳴らした。


「まぁ。そのことは中で話しゃあいいだろ。……今日は、それのために呼ばれたんだろうからな」


 その言葉を言い終えると、二人の足元がガタリと揺れた。

 莫大なマナが空中に放たれ、

 空気が、空間が――振動をするように小刻みに蠢きだす。 


 すぐさま、視界に映っていたもの全てに閃光の尾っぽが宿り、上から下へと流れ落ちていった。


 それらが全て明るい光に包まれたと思った瞬間――軽い衝撃が二人に走り――明るさが全て消え去って暗転を。



 音が無くなった。

 光が無くなった。



 それも数秒で、帳が落ちるように眩い光に照らされた空間が広がった。


「相変わらず、慣れないな。これは」


「まぁ、便利ではあるんすけど」


 そうして、二人は《天至一矢アルキュラス》の中層部にまで一瞬で移動をした。

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