追放②





 それは、数日前。

 旅の一幕を終えた勇者一党が、王城に呼集された時の話だ。



「――今日はよく集まってくれた」



 胸を張った将官の声が響くその場所は、心に一抹の不安を植え付ける。


 金の装飾が施された柱が幾本も等間隔に立ち並んで、見上げると無限に続いているのかと紛うような白い天井を支えている。

 少し上に目を向ければ、硝子が外部の光を取り込み、影を一切合切取り除くように空間全体に白光を重ね塗りをしていた。


 その窓の下には人が一人歩けそうな通路が伸び、下部には留め具が壁に打ち付けられ、そこから王国の旗が垂れ幕として吊るされている。


 自然光を意識した造り。

 天井から吊るされている光源こそあるが、白亜の地面に反射しても眩しく感じない程の光量で抑えられていた。



「――集まってもらったのは他でもない。君たちを労うためだ」



 小さな宝石のように輝く白床の上には、両開きの巨大扉と空間の奥に構えている王座までを繋ぐ一本の道として、赤い絨毯が真っすぐ敷かれている。



 ここは――白亜の空間――王城の玉座の間。



 空間を彩る細部にまで徹底された装飾は、荘厳さを損ねずにこの空間の品質を高めようとする絢爛さを放っている。

 踏み入る資格を問う存在感は、ある種の重圧となってその空間に滞在し、【気高い】という言葉が相応しいほどの威光を宿す。


 しかし、唯一、その空間に相応しくない要素が足されていた。


「――――」


 ズラリと完全装備の王国兵を絨毯横に立ち並ばせているのだ。

 荘厳通りこして、重圧。

 弾劾裁判でも初めるのかと危惧するほどの圧力を感じさせる。

 だが、そうしなければならない理由があるのだ。



「――あぁ、そうだ……。労う前に……少しばかり事務的な話をせねばならん。何名かには先に話を通してはいるのだが……」



 この場に召集された者達のことを考えると、自然と武装をせざるを得ない。

 モスカ、ルートス、ヴァンド、エレ。

 絨毯上に片膝を落として頭を垂れている彼らは、確かに悪に立ちむかう精鋭であり、



「その話は直接……国王陛下がお話するとのことだ。よく聞きたまえよ」



 粘着質に思える忠告の後、ちょび髭の将官は上を仰ぎ見た。


「…………」


 四人が跪いている場所から浅い階段を上った先の玉座に鎮座している……老衰してもなお重々たる風格を備えた人物。

 国王は、全員の視線を浴びて――ゆっくりと、口を開いた。




「――エレを、勇者一党から追放する」




 その降り注いだ言葉にエレは伏せていた顔を上げようとして、堪え、その姿勢を維持した。

 だが、その気持ちを肩代わりするようにヴァンドはヘルムを動かして。


「なっ……んでですか! エレは」


「――口を慎め。冒険者」


「ですが!」


 王の傍に備えている将官がその眼圧で持って諫めようとするが、王がハラと手を動かして。


「よい。何かあるのだろう? 聞かせてくれ」


 静かな声には怒りなど一切感じられない。

 単純に……そう、至って単純にヴァンドの意見を聞こうとしている。


「……っ」


 ヴァンドに今まで感じたことのない緊張が走る。


 自分たちの後ろに二列で並んで待機している完全装備の兵達は、ヴァンドが愛国心を疑うような失言をすれば、すぐに武器を抜き、捕らえにくるだろう。

 だが、それよりも……。


「どうした? ヴァンド。君の意見を聞かせてくれないか」


 身分が違う。

 有する権力が違う。

 立ち合えばヴァンドが勝利をだろう。

 が、しかし、そうではない。


 彼が――王様が――絶対的な強者が意見を……平民上がりの無骨者の陳情をくみ取ろうとしているのだ。


「――」


 声が出ない。

 発言をしたことを今ながら後悔をし始めた。


 そうだ、これはヴァンドのことではない。

 エレが追放をされるという話だ。

 だから、無理をして言う必要もヴァンドにはない。

 床についている膝が、体が、喉が震える中、ヴァンドはエレの方を見つめた。


「…………」


 何かを期待をしていた訳ではない。

 彼に救いを求めていた訳ではない。


 小さな体だ。

 傷だらけで、他三人が防御性能が高い装備を付けているというのに、装備を揃える出費の帳尻を合わせるかのように装備を付けていない。

 短めな黒髪は綺麗に揃えられているが、それ以外は常にボロボロ。


 ――こんなに小さく、傷だらけの体に責任を乗せて、戦わせて……追放をする、だって?


 ――感謝を込めて前線から退け、ならばまだわかるが【追放】だと?


 湧き出る気持ちを新たに、グッと喉にへばりついていた感情を言語化しようと口を開いた。




「エレ、は……優秀です」




 そう言葉を発せれば、通りの良くなった喉はいくつもの言葉を流し出してくれた。

 目の前の将官の目つきが不快なものをみるように細められた。

 が、ヴァンドは王だけに目線を合わせて。


「偵察……威力偵察もこの王国の誰よりも秀でています。攻撃速度も……体の頑丈さも。魔王を倒すべく出立したその日から、これまででエレに何度も助けられました」


 上手く考えがまとまっていない。

 喉が渇く。

 瞼がパチパチと痙攣をし始めた。

 ストレスが体にかかっているのだろう。


 だが、どうでもよいことだ。

 今必要なのは――この勇者一党に必要な人材は、エレだ。



「事実、魔族の撃退数は多く。何より、他の我々が倒せなかった個体……例えば、東の森の深奥の館。沼地に住まう魔族であった、奇っ怪な術を使う唱喝の詩人ムシクスを単独で撃破をしたのはエレです!」


「……ほぉ?」


 王は興味深そうに顎髭を撫でる。


「報告と些か齟齬があるが……モスカ。どうなんだ?」


 話を振られ、今まで頭を下げて無言、かつ不動の姿勢を貫いていたモスカはゆっくりと頭を上げた。


「妄言でしょう。あの魔族は、報告した通り、


 言い切った勇者を見るヴァンドの表情が歪む。


「おまえ……っ、なにを言って」


「幻術を使って油断を誘い、《ことば》で敵を撹乱する、フィールドコントロールに長けた難敵。ですが、それだけです」


「モスカ!! おまえ、虚偽の報告を――」


「ヴァンド。同じ冒険者だから肩入れしたい気持ちもわかる。が、有りもしない話をでっち上げるのは止せ。王の御前だぞ」


 冷静に対処され、ヴァンドに焦りと後悔が浮かぶ。

 どちらが本当のことを言っているか、その様子を見れば検討が着いてしまう。


 声を荒らげ、冷静をかく平民上がりの男か。

 冷静に報告通りであると言い切る勇者か。


 それは、あまりにも、明白だ。


「――――ッ」


「そうであったか。いや、良い。仲間を大事にしたいと考える気持ちは必要なものぞ」


 話の流れが完全に帰着しそうな雰囲気を感じ取り、ヴァンドは手に汗を滲ませた。


 違う。そうじゃない。

 信じてください。

 エレは――こいつは、優秀で。

 冒険者の時代から知ってるんです。

 エレは強くて、無骨者の中でも光る逸材で。

 小柄な体躯で、誰よりも早く階級を駆けのぼった天才で。

 エレの代わりなんて誰もいないと断言できるんです――……。

 

 それらの言葉が、喉から出てこない。


 あの日、確かにエレは三人に向けて言ったではないか。唄を放つ瞬間に口を閉ざして魔法を中断させて殺した、と。

 確かにモスカは確認したではないか、エレの傷が増えていたことを。

 そう考えて、ヴァンドは気づいた。



 ――それを証明できるものがない。

 


 モスカやヴァンドはルートスの転移の《ことば》によって、強制的に場所を移していた。


 あの魔族、唱喝の詩人ムシクスとエレが一騎打ちをした。

 だから、自滅していたとしても殺したとしても――そもそも、転移をしていたことさえ、嘘で塗り固めて「俺達が殺した」という偽りの事実をでっちあげることが出来るのだ。


「…………」


 ヴァンドは、怒りで震えながら、それを悟られないように頭を下げた。




      ◇◆◇




 話の成り行きを厳かに見守っていた将官はヴァンドが口を閉ざしたことを確認すると、手に持っていた巻紙を広げた。


「して、冒険者エレ。顔を上げよ」


 終始無言を貫いていたエレが短く、ハッ、と言葉を発し、顔を上げる。


「……」


 この場所の雰囲気を損なぬように旅路と同じ装備で来いと言っていたハズなのに、付けているのは胸当てのみ。

 普段なら黒いシャツを好き好んで着用をしているが、このような場所ならば白が良いだろうと、一応は気を遣ったつもり。


 しかし、目に余るのだ。


(……気味の悪い)


 本当にであるというのに、その恰好は冒険者であるとしても階級が下の者がつけるソレよりも惨めで、村人と相違ない。

 将官が苛立ちを収めるように、ゆっくりと肩で呼吸をして、その巻紙を読み上げていった。


「貴公は、王の勅命から、長らく勇者一党の偵察係を務めていた。

 王国内でも、五人といない冒険者の最上位である蒼銀等級オリハルコンであり、その積み重ねてきた実績は目覚ましいものである。

 勇者一党に起用されてからは、未踏の地が多く残る魔王領に攻め入る先鋒として果敢に挑み、勇者一党の導き手として十二分に働いてくれた。

 目に見える実績よりも、見えない実績も多かろう。一党の下支えとして、その身を捧げていたことに、王国は賞賛を送らねばなるまい」


 将官により、滔々と来歴が紹介をされる。 


 ここまでは何も違わない。


 正真正銘、エレが現在に至るまでに歩んできた道であり、勇者一党の先鋒として文字通り、その身を捧げてきた。

 危険を察知すれば、ヴァンドに護るように要請を飛ばし、自身はその対処に勤しむ。

 合計接敵回数で言えば、他三人を足した数よりも多く、負った傷も多い。


 一言でいえば『優秀であった』――そう評価をされるべき人物だ。

 だが、それを覆すほどの、事柄があったのも事実だ。



「だが、貴公は過ちを犯した。

 魔王を倒すべく御旗を上げた一党の先鋒であった者が、あろうことか魔王に情けをかけ、止めを刺しきれずに見逃した。これは重大な規律違反であり、法に、王国に、王の心意に背く行為だ。

 憲法第6条8項に則り、考えるならば本来は極刑が望ましい。が、これまでの勇者一党に寄与した実績を踏まえて考えた結果、一党からの除籍処分で留めることとした」

 

 そう言って、将官は巻紙を仕舞って、武装をしている兵に目を配り――最後に自分の言葉を付け加えた。


「感謝しろ、平民。王と勇者からの恩赦に」


 エレは将官と王に視線を移し、流れるような動作で頭を下げた。


 完全に顔を伏せていることでそれを数段上に立っている王や将官が伺える訳もない。

 同じく、ルートスやモスカも瞑目をしてほくそ笑んでいるのだから、気が付いていない。

 唯一、一人。ヴァンドだけはヘルムのスリット越しにその表情を見た。



 ――初めて見る感情だ。



 いつもは淡々としているエレ。余裕があり、どれだけ傷をついても涙はおろか叫び声すら上げなかった。

 そんなエレが、唇を噛みしめている。目尻に滲むは屈辱か、はたまた、後悔か。

 

「感謝、いたします」


 けれど、エレの言葉は滑らかに、なんの感情も感じさせないものだった。

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