第一章 人類希望の灯火【ゲヌス・ストラティオ】

追放①



 《最西の街》《旅立ちの街》――《海蜥蜴の尻尾レーヴェンテール

 

 国土の最西に位置するこの街がそう呼ばれる所以は、海に面していて土地が縦に細長いことが理由だ。

 大きな川が六本も街中を流れているその街は、絶えず発展をしていた。


 直近では、商業組合長のマリアベルが「『河川舟運』で発展した最たる例!」として褒めたたえていた街でもある。


「そんなことはどうでもいい! そんなことよりさ……あの話って――」


 そんな辺境の街で、半年に一回若者でごった返す場所があった。

 

「あぁ、嘘じゃない。確かに聞いたんだ――見たって言うやつもいたさ!」


 そこの名前は『冒険者組合』。

 数ある組合の中でも若者人気がずば抜けて高い組合として知られている。


 組合が人気の理由? 

 若者で溢れている理由?

 そんなの決まっているじゃないか。だって、今日は――



「――なぁ、聞いたかよ!」



 少年のひそひそ声が、待機列の奥で聞こえた。

 

「なぁに?」


「噂だぞ? 噂だけどな」


「もったいぶらないでよ! なに? 早く言ってよ!」


 周りの奴らに声が聞こえていないかを見渡して心配し、口を尖らせている少女の頭をぐいと自分の方に寄せた。


「勇者の一党が、王国に帰ってきてるらしい……!」


「ええっ!?」


「ば、ばかっ! 声が大きい!!」


「えっ、だって。どこ、どこからの情報!? 嘘だったら怒るわよ!?」


「さっき、組合の人達がコソコソ話してるのを聞いたんだ! 嘘じゃないさ!」


「だ、だったらさ……私らにも、その――可能性があるってことよね!」


「そうだよ!」


 キラキラ輝く顔を待機列からはみ立たせて、自分らの番はあとどれくらいか確認した。


「俺らにも、可能性があるんだ」


 少年の言葉に少女は嬉しさを噛みしめ、薄い胸の前でガッツポーズした。


「だったら、早く冒険者になって、実績を積まなきゃ! 勇者様に連れて行ってもらえるように!」


 二人は顔を見合わせ、期待に胸を膨らませた。




 冒険者組合が他の組合より人気な理由。

 それは、勇者一党に引き抜かれる可能性があるからだった。


 御伽噺で語られる話だ。

 

 皆が憧れる英雄が、一党を構成する時に優秀な人材を冒険者組合から引き抜いた。

 そして、魔王を倒しに冒険に出かけた。


 激闘を繰り広げ、魔王を打ち倒し、

 勇者とその一党は王国に帰還し、

 望むものと、

 一生遊んで暮らせるだけの地位を確立して、

 ハッピーエンド!


 なんとも現実味の薄い話だ。

 だが、冒険者から仲間が引き抜かれたというのは事実だ!


 なぜなら――だって――実際に! 


 勇者『モスカ』が、冒険者から幾人か引き抜いて魔王討伐の旅に連れて行ったと言われているんだから!


 それも……冒険者登録の日に、そんな話が舞い込むなんて……。

 あぁ、なんて幸運なんだろうか。



      ◆◇◆




「って、言う気持ちなんだろうなぁ。あの待機列は」


 赤髪の男が、冒険者組合の受付に並ぶ若人たちを眩しいものを見るように目を細めた。


「装備も全くつけていない。おい見ろ、あいつは神官だが楔帷子を付けてない。アイツは武器だな、ありゃあダメだ、重たすぎる。その後ろのやつは胸当て……籠手すらも見当たらないな。軽装戦士に憧れてるのかぁ? 夢の見すぎだろぉ」


 幾人かは、ガチガチに固めているようだが、それも「着られている」状態であり、実用的であるとは到底思えない有様。


「夢くらい見てもいいだろ。あの歳の子は夢を見るのが仕事だ」


「夢じゃあ、食っていけれねぇからなぁ」


 これで、受付嬢に向かって「魔物退治がしたいんです」と声高々に叫ぶのだから笑いものだ。

 いや、もはやお決まりのイベントのようなものだから、微笑ましいと捉えるべきか。


 意気揚々と受付嬢に頼んでも、最初に渡される依頼は「溝掃除」や「薬草採集」で。

 その現実を知った若人たちは不満そうに依頼紙を握りしめて、列の最前から抜けて組合の扉を押し出ていく。

 


「ふはははっ! 見れば見るだけ懐かしい! なぁ! 俺らにもあんな時代があったってもんよな!」



 給仕係が持ってきた黄金色の麻痺毒――エールというビールの一種――をグビと呷って、口に着いた泡を袖で豪快に拭った。


 ぷはぁ! と、一杯目の至福の極みだと言わんばかりにアルコール臭を口からまき散らす。

 その様子を円卓を挟んで反対側に座って、眉間に皺を寄せている男がいた。


「何杯目だ、ヴァンド」


「わっかんねぇなぁ。飲んだ証ジョッキがありゃあ数えれたんだが、今は記憶を辿るのも面倒くせぇ」


「あんまり煩くすんなよ、組合に迷惑がかかる」


「知んねぇよ。金は払ってんだからよォ! 騒がしくたって誰も文句言えねぇよ! そうだよなぁ、お姉さぁん!」


 パタパタと慌ただしく食事処内を走っていた給仕係を呼び止めて聞くが、苦笑いをされてヴァンドは「ちぇっ」と悪態をついて、今あるエールをグビと飲み干した。

 それを眺めながらエレは胸内で「14杯目」とカウントを足す。

 

「だいたいっ――」


 込み上げてくる炭酸に我慢が出来ずにエレに向かっておくびをかまして。


「お前が、そんなんだからいけないんだろぉ? エレェ!」


「俺は俺だろ。出会った時から変わってないと思うが」


「変わらねぇからだろーが! 何言ってんだてめぇー!」


 面倒臭い。

 そう書いてあるような顔を向けてみるが、ヴァンドは既に二桁を超えるジョッキを空にしているのだ。伝わる訳もない。


「落ち着けって、今日は一段と喧しいな。突然呼び出したかと思ったら……彼女にでもフラれたのか? 慰めなんぞ期待するなよ」


 青年のような顔を少し顰める。


「俺に彼女なんかいねぇよぉ……ひっぐっ! うぇぇ~……」


 赤い大剣をそのまま只人にしたような男が泣きだして、エレは背もたれに体重を乗せた。




 二人は冒険者組合の休憩所で、食事をとっていた。


 かなり規模の大きな冒険者組合だ。


 このように食事をとれる場所だけでなく、二階には宿があるし、地下室には訓練場が備え付けられている。鍛冶屋も壁をぶち抜いて行き来が可能になっている。

 そんな場所で高慢ちきに酔っぱらっていたら、色んな人の目に留まってしまう。


 


「今日はオフの日だからなぁ」と言って、ヴァンドは鎧を身に着けていないのだ。


 いつもの鎧が無いことで、赤髪の短髪や切れ長の目、処理をしていない髭が外の空気に触れている。

 エレは何年も一緒にいたから見飽きた顔だが、これが噂の「大豪傑」だとは思わないだろう。


 かくいうエレも唯一目立つ『目を覆っている布』を外して素顔を公開している。

 こちらは布一切れだけの変化だ。

 けれど、やはり、誰も気が付いていない。


 見た目以前に、勇者一党の構成員がこんな場所で飲んだくれているとは誰も思わないのだろう。



「あのな、ヴァンド。落ち着いて話を――」


「俺はァ! 俺はなァ!! エレェ!! お前が正当に評価されていないのが、悲しくて、悲しくてェ! エレェ!! エレェ……えぇ……うぇっれっ!」


「はいはい。そう言ってくれる奴がいるだけでいいから。いい加減、酔いを醒ませって」


「酔ってねぇって! ほら。な? ほらぁ~……」


 フラフラとした姿勢を正し、真っすぐにエレを視線を合わせる。

 キッと口元を結び、赤く染まった頬のまま真っ黒い瞳を向けてくる。


「……ぷぁ、くっあ、あははははっ!」


 それもすぐに形を止めれずに崩れ、ゲラゲラと笑って振り出しに戻った。

 かと思うと、急に神妙な雰囲気を纏い、泣きそうな顔になり、再びエレをジィと見つめる。


「忙しい奴だな、まったく」


 そんなヴァンドから視線を外し、机の上に並んでいる昼食を取ろうとして――ふと包帯で皮膚が見えなくなっている腕に視線を落とした。


「…………」


 勇者の一党として旅をしてどれだけの期間が経ったか。


 包帯の面積は広くなっていくばかり。

 見るだけで痛々しい。


 傷を負うのは防具を付けていないからだろう。

 立ち回りが初心者なんだ。

 そんな言葉を投げかけられて久しいが、事実だから反論の余地もない。


 だが、それも終わりだ。

 勇者との旅はもう終わったのだから。


「……まぁ、でも。これはこれからも付き合わないといけないもんな」


「――で、だよ!」


 ゴツンと音が鳴った。

 ヴァンドが、何時の間にか補充をしていたジョッキを思いっきり机に置いたのだ。

 反動でバシャとエールがエレの服にかかり「おいおい、大事にしろよ」と置いていた布で拭っていると、



「――お前はどう思ってるんだって聞いてんだよ、エレ!」



 神妙な雰囲気は許されないとばかりに顔を真っ赤にしたヴァンドの勢いに、エレは体を後ろに傾ける。

 逃げきれず、鼻に届いたアルコールのニオイに鼻を摘んだ。


「……どうって。なんのことだよ」


 何故怒りの矛先が自分なのだろうと、思い、コップに入ったお茶を啜る。




「――お前を、勇者の一党から外すって話だよ! マジふざけんなよ、お前!!」




 ヴァンドの大きな声によって周りがざわめきだった。


 勇者の一党だって? 

 あの飲んだくれが? 

 でも、あんな人いなかったけど……。

 その向かい側のボロボロの人もそうなの? 

 卓を挟んでいる大男 (酒樽に顔を突っ込んだクマのようだ)と。

 小柄な男性 (冒険者に登録したばかりか?)がそうなのか!?

 


 ――いや違うだろう。

 ――違うに決まってる!



 勇者の一党はもっとカッコイイ綺麗な装備を身に着けているって噂だ! 酔っ払いの言葉だ。気にするな。

 周りの声が静まっていくのを横目に、エレはズズと茶を啜り。



「……どーでもいいだろ。俺のことなんて」



 そこに残った茶葉を見つめ、呆れたように笑った。

 どうせ勇者以外は消耗品。

 腕に巻く包帯のようなものだ。

 使えなくなったら新しいモノに取り換えるだけ。


 


「それに……いいじゃないか。お前は残留だろ? 勇者一党の重装騎士様?」


「そういうんじゃねぇよ……なんで、お前は、反論しなかった」

 

 ――反論をしなかった?


「しても、無駄だったろうに」


 酷く酔っ払ったヴァンドは鋭くも潤んだ目をエレに向ける。

 が、エレは無言を返事として食事を再開した。

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