第14話   指まで鍛える男たち

 翌日、新人達はビバークと呼ばれる緊急キャンプの訓練だった。


 遭難救助の際、変わりやすい山の天候や遭難者の身体状況により、やむを得ず身動きが取れない状況と言うのが少なからずある。時には寝泊まりできるような環境でないところで夜を過ごさなくてはならない事もある。

 ビバーク訓練は、場所の見極め、スペースの確保、悪条件の中でテントを迅速にしっかりと貼ったり畳んだりする知恵やスキル、といったサバイバル術の実践である。

遭難救助で危険にさらされるのは遭難者の命だけでなく、救助をする側の警備隊員の命をも同時に危険にさらされる。

たくさんの事が、ただ教室で知識として学ぶだけでは圧倒的に足りないのだ。事態は常に一刻を争い、判断の迷いが生死を分けてしまう過酷な現場である。

 日常的に練習しているロープワーク同様、山岳警備隊には、身に着け使いこなせないと意味がないスキル、知識、智慧が、それこそ山ほどあった。

 実際の状況と近づける為、ビバーク訓練は本当に午後から出発し、どんな天候であっても実際に山の中で一夜を過ごす。だからと言って、特別に体力を温存させてもらえるわけもない。体力づくりは警備隊員にとって欠かしてはならない職務であり、ビバーク前の今もルーティンの訓練は行われていた。


 新人達は二手に分かれて、荷物を背負ったままロープを登る練習とロッククライミング用の壁を登る練習をしている。


 山とクライミングは切り離せない。

 体力づくりは日替わりで異なる部位を鍛えるプログラムが組まれていたが、クライミング訓練は毎日必ず行われる。ト山山岳警備隊では「壁を登るは歩く事也」をモットーに壁を登る事も日常動作の一つにまで落とし込もうという努力がなされていた。

 そこで峰堂常駐センターのジムの壁は鏡面とクライミング壁で四方が囲まれている中にトレーニングマシーンが置かれていた。

 事務室や寝室のドアの上や、ちょっとしたデッドスペースに指でぶら下がって懸垂ができるミニクライミングボードが壁に打ち付けられている。ロープワーク同様、もしくはそれ以上にみんな暇さえあればそこにぶら下がって懸垂したり、ぶら下がった状態で指の力だけでボード内の上下左右に動き回る指の筋トレをしていた。

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