第3話  突き刺しまくる男



 ぼんやり霞んだ視界の中に、黒い人影のようなものが見えたような気がした。


「目が覚めたか?左肘が脱臼しているから今ちょうど分隊長と・・・。」


(?・・・・何だ?・・・何て・・・言ってるんだ?)


 竹内は必死で目を凝らして、今自分が置かれている状況を見極めようとしたが、どうしようもなく眠くて、重い瞼をこじ開けるほどの意志が働かなかった。

 誰かが自分の顔を覗き込んで何か言っているなとは思いながら、後ろの照明の影になって、真っ黒な影にしか見えず、声もまるで水の中にいるように遠くでかすかに音が聞こえるだけだった。ただ、体中がポカポカと温かくてこの上なく気持ちいいな~という感覚に包まれながら、竹内の視界はプツンと途切れた。


 これだけ麻酔もなしで他人に身体を好きなようにいじられながら、傷もそれなりに痛むだろうに、何故か気持ちよさそうに再び目を閉じてしまった竹内のマイペースっぷりに、千水は喉の奥で笑いを噛み殺しながらそのままベッドの頭側の壁に設置してある消毒霧ボックスから二本のノズルを引き出した。シャワーノズルのようなそれを引っ張ると収納されていたホースが伸びて、寝たままの患者の全身を消毒できるようになっていた。


 消毒霧を素早く竹内の全身に吹きつける。


 診察室に運び込まれて来てからここまでの作業を、淀みなく流れるように5分ほどで済ませると、デスクの上に置いてある小さい箱から個別包装されている針を一掴ひとつかみ取り出した。


 それははり治療用の細くしなかやな、弾性だんせいのある長針ながばりだった。


 手早く袋を開きながら、一本ずつ針を取り出し、針箱はりばこの横の、携帯電話程の大きさをした細長く白い針山にブスブスと針を規則正しく突き刺して行く。


と思うと、一掴みの針をその白い針山に刺し終わるやいなや、今度は、規則正しく配列され、たった今刺し終わったばかりの針を、両手の人差し指から小指の間に器用に挟み込んで一気に持ち上げる。そうして千水は剣山のように指の間から出ている針先を電灯の光に透かすように片手ずつ注意深く確認した。


 滅多にある事ではないが、数千本に一本程度、製造の過程や保管の状態などでまれに針先が枝毛のように割れていたり、先がわずかに曲がっていたりする事がある。それが患者に致命的な傷害を及ぼすかと言えば、ただ、治療の時に痛く感じる程度の事なのだが、それを見分ける方法はコットンに刺す事なのだ。もし何か欠陥があれば針が綿の毛を引っ掛けてくる。


 よく見れば白い針山のようなものは乾いたコットンを敷き詰めた浅い金属ケースだった。


 全ての針先がコットンの繊維をつけていない事を見定めると、再び針を全てコットンに差し戻し、そこに先ほどの消毒霧のシャワーノズルを引っ張ってくると、ノズルヘッドについた小さなツマミをずらす。

 それは普通のシャワー同様、消毒霧の出方を調節できるようになっていた。先ほどはノズルヘッド全体から霧状で噴き出していたものが、今度は出口を細く絞られて、中心から水鉄砲のように噴き出した消毒液はコットンを満遍なく湿らせた。

 こうして、針はあっという間に消毒綿に刺さっている「スタンバイ」状態になった。


 その針山をキャスターワゴンの上に載せ、千水は竹内の傍らに立ちベッドの高さを自分の腰辺りまで上げると、何かを探るかのように自分が鍼を打ちたい箇所を、左手の親指で細かく位置をずらしながら何度か押し、狙いを定めると、針山から一枚消毒綿を抜き取り、手で押した部分をさっと拭き、竹内の身体に次々とはりを施していく。


その一連の作業は滑らかで手早く、まるで何かの動画を倍速で見ているようで、

あっという間に20本の針が竹内の身体に突き立った。


 千水が、ひとしきり鍼をほどこし終えたのを見て、宮森は大きく息をつくと、

「いや~っ、毎度の事ながら、センセの華麗なる治療の舞はいつ見ても見事やね!」

 と感嘆したように減らず口を叩く。

「・・・お前まだ居たのか。ここはもういいからさっさと行け。」

「んじゃ、おわ(俺)行くちゃ。センセ、分隊長、またね。」

 宮森が出て行き、千水は表情も変えず目だけで宮森を一瞥すると、ラボの自動ドアが閉まったのを見届けてから、そのままベッドの頭側の奥にあるもう一つのキャスターワゴンを引っ張り出して、ワゴンに搭載してある機械の洗濯ばさみ状の金属端子を一本ずつ針に繋いでいく。千水は竹内の左腕に手を添えながら機械の電源を入れた。


竹内はぐっすり眠って脱力しきっている為、全身に流れ始めた微弱電流如きに大きな反応は見せなかった。竹内の左手に添えた自分の指に微かに伝わってくる振動とその皮膚が収縮する様子を見ながら千水は徐々に電流を強めた。


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