第2話  奏でる男 

 入ってきたのは千水のオシャレな角刈りとは一線を画す「ザ・元祖角刈り」で、がっしりとした体躯の大石守おおいしまもる分隊長。

後ろに担架に乗せられた隊員が見えた。


「滑落か?」 千水が尋ねると、

「今年の新入りが、岩壁を上る訓練中突風にあおられバランスを崩して宙づり、そのまま岩壁に激突、左半身を強打。今、呼吸は落ち着いています。」

 大石は分隊長らしく手短に、まるでメモでも読み上げるかのように情況を告げる。


「ラボへ」


 センターには、簡易な診察室と隣り合わせに、簡単な手術もできる本格治療スペースがあった。

 学校の保健室風の診察室とは打って変わって、大学病院の手術室をそのまま一個持って来たかのような最新設備が整っていた為、そこは皆から「ラボ」と呼ばれていた。


 自動ドアを抜けラボに担架を運び込むと、千水の指示を受けて宮森と大石で手早く新人隊員の服を脱がせると、打ちつけられたショックで気を失っている新入り、竹内真たけうちまことを右側を下にして丸まらせたままベッドに側臥させた。

傷めたかもしれない関節に圧がかからない為である。


 千水は両手で、竹内の右手首と左手首それぞれを摑み、人差し指、中指、薬指、左右合計6か所で脈を取り始める。

 そして先ほどの診察室と同じように、まるでピアノを奏でるように左右両手の三本指を不定期に這わせて一つ一つの脈の状況を確かめた。


(呼吸正常、肝臓の動きが少し弱まって、気の流れが悪くなっている。脈が浮いてしまっているから昨晩は眠れていないようだが、血管が拡張気味だ、大方、新しい環境にまだ順応できずに慢性的な疲労も溜まっているのだろう。一瞬は衝撃のショックで気を失ったのかもしれんがこの若造、それを誘い水に今は眠っているな・・。)


 千水は、ふっと鼻で笑って片方の口角だけ微かに上げたが、大石と宮森は新入りを心配そうに覗き込んでいる。続いて千水は竹内の手をとり消毒綿でさっと拭くと、その甲に牙を立てながら、衝突ついでに眠ってしまっている大物ルーキーを観察する。


少しクセのある黒髪は前髪だけ長めに残されたツーブロック。特にベビーフェイスではなかったが、あどけなさの残る寝顔だった。身長は175㎝ほどだろうか、長年に渡って鍛え上げたかのような出来上がった身体をしていた。

「血圧やや低め、心拍も正常。ショック状態にも陥っていない。」


言いながら素早く怪我の状態に目を走らせる。


 大石の言う通り、目視でも身体の右側には、細かい複数の擦り傷以外は、あからさまに見てわかるほどの大けがは見られない。上になっている左半身は咄嗟に身体を丸めて頭と身体を守ろうとしたのだろう、腕にも足にも打ち身とわかる内出血と腫れ、それに反射的に手で突っ張ろうとしたのか、肘関節の位置が目視でもわかるほどズレていた。


(ふむ・・。衝撃が右に抜けるほどの強度の割には・・・)


 千水は、指先で竹内の二の腕とふくらはぎに圧をかけてみて、適度な弾力のある理想的な筋肉だと思う。脈拍もそれほど深刻な状況は示していない。


「分隊長、さっき激突と言ったな。コイツは何か武道をやっているのか?」

「え?あ、警察学校では柔道を取っておりましたが、小さい頃から空手をやっていたと聞いております。」

(ん、うまく身体を守っている。)


「先生、コイツ、手足も大事なさそうかね。」

 大石が千水に尋ねる。

「ああ、衝撃の割には大した怪我はしていない。骨にヒビも入っていない。ただ左肘ひだりひじは後方に脱臼しているから先に整復する。分隊長、手伝ってくれ。」

 大石に、背中側から竹内の身体を左腕ごとガッチリ羽交い絞めにするように固定させると、千水が注意深く左手で肘を持ち、右手で竹内の手を握り慎重に捻りながら外れた骨をハメ直す。


 その時、かすかにまぶたを震わせたかと思うと竹内がうっすらと目を開けた。

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