4章 誕生⑨

「こんなにも美しい女性に【お前】呼ばわりでは失礼だったわね。とは言え俗称(通り魔)で呼ばれるのも心外でしょう。そこで私が相応しい名前を授けてあげるわ」

通り魔は仕上げとして少女に付けられている姓名を奪い去って、内面(心)までも支配しようとしていた。

「その前に今どんな姿をしているのか教えてあげるからしっかりと自覚しなさい。まず頭だけど、髪は黒光りした長いストレートヘア,目は獲物を狙うような鋭利な眼差し,口は血の滴るような真っ赤なルージュを塗布させて,白いマスクで素顔を隠している」

少女は鏡が映し出される自らの姿に釘付けとなり、通り魔の説明する部分を目で追っていった。

「次に装いだけど、ボディラインが現れるような肌に密着した真っ赤なワンピースに身体だけでなく残忍で冷酷な性格までも包み込んでしまう真っ赤なトレンチコートを羽織っている・・・そうそう真っ赤でとてもセクシーな下着にお揃いのガーターベルトとストキングを組み合わせていたわね。そして四肢は爪に真っ赤なマニキュアを塗布させ,足にはヒール丈のと~っても高い真っ赤なハイヒールを履いている」

身体的な特徴を言い終えると今度は少女のマスクを外した。

「あっ・・・『外しちゃヤだ、もっと吸っていたいのに』」

「最後に素顔だけど、両頬に大きく切り込みを施し、新たな口の一部として左右に裂けている。ちょっと横道に逸れるけど都市伝説って知っているかしら。架空の存在や現象,人伝いに広まった噂話なんかを指す言葉で、その1つに70年台の終わり頃小中学生から広まり社会問題にまで発展した恐怖の都市伝説があったの。その話にはある女性が出てくるんだけど、外見や雰囲気,性格までもが今、私の目の前にいる人物とソックリなのよねぇ」

「・・・『アレ、この人の姿って、何かに似ているような気が・・・何だったっけ』」

「女性にはちゃんと名前が付けられているんだけど、あくまでも実在しない人物なんで誰かが勝手に名乗ったとしても何ら問題がないの。そこで頂いちゃいましょうか、その名を・・・【口裂け女】《名は体を表す》とは言うけれどこれからのあなたにピッタリじゃないかしら」

「く、口裂け・女・・・『そうよ、口裂け女にソックリ・・・いや、違う。これは私で私は口裂け女・・・じゃない。アレ、アレレ?』そ、そん・な名前・・・い、ヤ。わたしは佐、佐伯・・・奈、つ、ツコ?」

少女は気がついた、今の容姿や佇まいは自らが知っている口裂け女そのモノ、そんな状態の自分に名前まで植え付けられてしまっては本物の口裂け女になってしまう。少女はもうろうとする意識の中で自らの存在を誇示し続けた。

「考えてもみなさい、両親や姉,親類縁者だって口の大きく裂けた親族がいるって世間に知られては生きていけないでしょう。口先では上手く繕っていても本心では自分たちの生活が大事、皆はお前との関係性を否定し,見捨て,そして去っていくの。残されたお前は人目を避け、1人寂しく生きていくことになるのよ」

「・・・『お父さん,お母さん,そしてお姉ちゃん、皆、私を独りぼっちにしないで、』」

通り魔の言葉で悲壮感に苛まされていった少女の瞳には自らの側から去っていく人々の幻影が映りだされ、皆との距離が広がり視界から誰も見えなくなると1人暗い闇の世界に取り残されてしまった。

「だけど私は違う・・・いいえ私だけは違う、側に寄り添いこれから進むべき正しい道へと導いてあげる。あなたは何も考えず、ただ私の手足となって言われた通りに行動していればいいの。そうすれば悩み事なんて綺麗サッパリ消えてなくなるはず」

「ホ、んと、ウ?!」

「ええ、本当よ。そのためにはまずは人であることを捨てなさい。そして自らが口裂け女であると受け入れ、身も心も私に委ねお人形さんとおなりなさい」

「・・・『そうねぇ、口の大きく広がった顔を有する私が見捨てられるのは必然、それなのにこの人だけが離れず,側に居てくれている。もし機嫌を損ね、この人まで失ってしまえば私は完全に独りぼっちに・・・だったら私、身も心も捧げてこの人のモノになっちゃおうかしら』」

少女の下に偽りの光がもたらされ、甘い誘惑が心に歪みを生じさせた。

「そう言えば1度も聞いてこなかったわねぇ、あなたの名前を教えてくれるかしら」

「・・・『名前、私の名前は確か・・・佐伯・・なつ・こ?アレ、アレアレ、思い出せなくなっちゃった。だけど忘れてしまうような名などそのまま捨て去り、与えてくれた名前を名乗ればこの人だってきっと喜んでくれるはず・・・いいわ、わぁあたし、なるわ。望み通りの口裂け女になってやる』・・・わ、ァ・アタシハ・・・ク・・・ク、クチサケオンナ」

「聞こえない、大きい口が裂けているのは何のためにあるの。さぁ、自らの名を高らかに名乗り上げてみなさい」

「あたしの名前は【口裂け女】、く・ち・さ・け・お・ん・な『そう言えば【さえきなつこ】って誰のことだったかしら』」

自らの意志ですべてを受け入れ、身も心も完璧な口裂け女へと変貌を遂げた少女は生きながらにして後世まで語り継げられる存在、つまり生きる都市伝説となってしまった。

「やったわ、とうとう仕立ててやった。それにしても精神的に追い込んでやるだけどコロッと堕ちてしまうなんて・・・と言うかこの女が単純すぎるだけなのかもしれないけど。覚えておきなさい、お前の人生をこの醜い姿と同様にボロボロになるまで破壊し尽くしてあげちゃうから」

「ねぇ、あたし、キレイ」

通り魔の言葉は少女の心に届いておらず、ただ口を大きく広げて鏡に向かい妖艶で狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

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