4章 誕生⑧

「誰かと遭遇した時の対処方として、相手はお前を不審者か変質者だと思い逃げようとするから逃がさないようにゆっくりと距離を縮めなさい。そしてもう少しですれ違える距離にまで近づいたら相手の正面で立ち塞がり行く手を遮ってやりなさい。相手はお前の行動にビックリして動けなくなるんで、その時こそお前の美しい姿を見せつけるチャンス、まずは《ねぇ、あたし、キレイ》って問いかけなさい。ここで1度相手反応を待って《本当にあたし、キレイ》って問いかけなさい。更にはもう1度反応を待って焦らすように手付きでマスクを外し《こんなあたしでも、キレイ》って問いかけなさい・・・長くなったけど、分かったかしら」

「・・・『はい』」

奈津子は無言で頷いた。

「物分りのいい子って好きだわ、きっと皆がお前の美しい姿に憧れ,大きく広がった口を称賛してくれるでしょうね。だけど中にはお前の美しさに嫉妬し、口を誹謗,中傷してくる悪い人だっているかもしれない。そこで護身用にこれを持って行きなさい」

それは奈津子の頬に大きな傷を残した例の刃鎌で刃や柄の部分にはその時の返り血の跡がくっきり残っていた。

「コイツの威力は身を以て体験したから分かってるでしょうけど、悪い人(ヤツ)を懲らしめてやりなさい」

そう言うと奈津子が身に着けているコートの内ポケットに刃鎌を忍び込ませ、柄の部分をギュッと握らせた。


「困ったわねぇ、お薬が効きすぎたせいか生気のない顔になっちゃったわ。うーん、だったらこの可愛いらしいお目目をいただいちゃうのが手っ取り早いかしら」

直立不動でピクリとも動かない奈津子に三度近づくと耳元で囁き出した。

「耳を澄ませてみなさい、誰かがお前の悪口を言い始めたわ」

すると奈津子の耳にドコからともなく自らの口元を揶揄する声が聞こえてきた。最初は幻聴では、と思えるぐらいの微かに聞こえる程度であったが、時間と共に大きく,それも複数の方角から聞こえてくる。奈津子の心に少しずつ怒りの感情が湧き上がり、刃鎌を握る手にも自然と力が加わった。

「それだけじゃない、他にも偏見の眼差しで見ているヤツらがいるでしょう。どんな気持ち・・・さぁ、その思いを瞳に込めてみなさい」

「・・・『に、に、憎い,く、悔しい,殺してやりたい!!!』」

奈津子の目には自らを揶揄する人物の姿が次々と浮かび上がり、それに伴い大きく,パッチリしていた丸い目が形を変え始めた。

「段々いい感じになってきたじゃない。だけどこのボディーにはもっとこう獲物を狙うような野性味溢れる目がいいわ。さぁ、もっとよ、もっともーっと睨めつけて我が物となさい」

言葉にいざなわねる形で拍車が掛かり、涙が枯れ果てた瞳の後にはキリッとしていてクールで冷たい,それでいてカミソリのように鋭利な眼差しで睨みつける、憎しみに満ちた目が現れた。

「《目は口ほどに物を言う》とは言えけど、日頃どんなに取り繕っていようとも心の奥深くに宿した残忍で冷酷な性格は隠しきれない。うふふふふー・・・これでお前はドコからどう見てもあたしそのモノ、新たな通り魔として生まれ変わったのよ」

頭頂部から爪先に至るすべてのパーツが奪い去られ、通り魔の姿を受け継いだ少女に佐伯奈津子としての面影は残っていなかった。

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