第6話 元カップルは答えない

 ※優希※


「あなたの。なんで?」


 オリエンテーション合宿へ行くバスの中、乗り物酔いしていた笹川は、俺に向けそんなことを言ってきた。

 俺はあえて少し挑発的な口調で返す。


「それ?なんの事だ?こそあど言葉じゃわかんないぞ」

「っ!」


 もちろん笹川の言いたいこと。指してるもの、そんなの分かりきってる。

 でも俺たちには忌々しい契約がある。

『お互いにお互いの高校デビューに関して他言しないこと』

 それはもちろん、今このバスの中でも適用される。誰がどこで聞いてるか分からない状況で俺の高校デビューについて言えば、同時に笹川の高校デビューも露呈する。


「……まぁいいわ……」


 ……あれ?案外呆気ない。もっと食いついてくると思ったのに。

 やはり体調が優れないからだろうか。

 笹川は再び外へと視線を向ける。


「あなたが言いたくなったら言って」

「…………」


 言いたくなる日なんて来るわけがない。

 俺だって聞きたいんだよ。どうしてお前がそうなったのか。カーストトップだった自分を捨ててまで手にしたいものはなんなのか。今、お前は何を思って俺にそんなことを聞いてきたのか。

 でもお前は聞いても教えてくれないだろ?だから俺も教えない。


 互いの秘密を握りあっている俺たちは決して仲間じゃない。

 仲良く装うのは互いを監視するため。

 誰もが考える、ラブコメのような甘い関係じゃない。


 そう、言うなれば俺たちは『共犯者』だ。


 そして、お互いそれ以上何も話さないまま、宿泊予定のホテルに到着するのだった。


 ────ホテル『ムーン・ルージュ』。

 整備された山道をバスでのぼり続け、ようやく到着する高層ホテル。部屋からは山下に広がる繁華街を一望することが出来、さらには海まで見ることが出来る。


「すげぇ良い部屋だな!」


 俺と同部屋の昴が、バルコニーから身を乗り出しながらそう叫んだ。

 ここは七階。それなりに高さもあるので、落ちればもちろん助かるない。若干高所恐怖症の俺は、絶対に身を乗り出せない。

 部屋にはベッドが二つ、テレビが一台、白で統一された室内は高級感が漂っている。


「落ちないよう気をつけろよー」


 俺はトランクから荷物を出しながら昴に声を掛ける。

 ちなみに、客室のある二階から五階までが女子。六階から八階までが男子という部屋割りだ。各階先生が巡回しているので、ド陰キャ君たちの考えるようなラブコメチックな展開にはならんぞ。


「……って、やべ!もうこんな時間じゃねぇか!避難用の非常口の確認と、避難経路の確認しとかねぇと!」


 実は、昴は変なところで真面目である。



 ※萌結※


「すっっっごーーーい!!!」


 バルコニーから身を乗り出して真昼が叫ぶ。

 高所恐怖症気味の私には絶対出来ない行為に、一応「気をつけてね」と声を掛けておく。

 荷解きを済ませ、インスタに「オリエンスタート!」とストーリーを載せる。このアカウントは高校に入る際に作り直したもので、中学のアカウントは削除している。


「ここなら空気も綺麗そうだし綺麗に月見えそう!」


 無邪気にそんなことを言う真昼。

 恐らくは山上というだけで空気が綺麗と断定したのだろうけれど。実際に綺麗かは置いといて、こういう発想は実にクラスカーストトップにたるに相応しい。そして可愛い。


「夜になったら男子に通話しちゃおうよ!」

「……へぇっ?!」


 今なんて?通話?!

 中学の時の宿泊行事はスマホは没収だったからそんなことしたこと無かった。しかし今回の宿題行事ではスマホを没収されていない。つまりは使ってもいいということ。

 だからって通話……!


「驚きすぎでしょ!やっぱり通話するなら優希たちだよね!」

「え、あ、ちょ……!」


 まだ私了承してないし、なんでよりによって佐々木なの!


『あなたのそれ。なんで?』


 ふと、私の脳裏にバスで彼に向けて言った言葉がフラッシュバックする。

 ……なんでそんなこと聞いたのぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 聞くつもりじゃなかったのに!というか、聞いたところであの男が答えるわけないじゃない!

 私たちの間にある契約は、いついかなる時も解かれることはない。

 それなのに私は……


「殺してぇぇぇ!!!」

「え?!どうしたの萌結!」

「え、……な、なんでもない!」


 つい口に出してしまい、慌てて訂正する。

 一時間前の私を殺してやりたい。

 一体私はあいつに向けて何回やらかせば気が済むのか。

 二度あることは三度あるというし……。既に気が気じゃない。


「ていうか、わざわざ通話してまで何話すの?」

「そんなの決まってるじゃない!」


 真昼はくるりと身体を翻し、


「コ・イ・バ・ナ♡」


 それはあかん。



 ※優希※

 夕食を終え、あとは消灯時間まで自由になった俺たち。

 特にやることもないのでベッドの上でだらだらとスマホをいじっていると、俺の画面が突然切り替わり、真昼から通話が来たことを知らせた。


「……もしもし」

『あ、もしもーし!今大丈夫?』

「お、おう。昴は風呂入ってるけど」

『りょーかい!』


 するとパッと再び画面が切り替わり、パジャマ姿の同級生が二人。

 画面に映るのは当然さっきまで声を聞いていた真昼と……笹川。


「なんで笹川が……?」

『そりゃ相部屋だからね』

『私がいると困るの?佐々木』

「滅相もございません」


 危ない危ない。動揺のあまりつい声が漏れてしまった。

 俺たちの過去の関係は秘密。当然掘り返すことも許されない。椿高校が初対面という扱いなのだ。


「それにしたってどうしていきなり?しかもビデオって」

『そりゃあこういうイベントじゃないと話せないことがあるからだよ!』

「?」


 すると画面越しの真昼は『ふふーん!』と鼻を鳴らす。


『恋バナでしょ!』

「…………」


 あかん。マジであかん。

 現在進行形の恋愛を聞かれたのなら、「今はいない」なり「さあどうかな」なりとはぐらかすことが出来るが、過去の恋愛について掘り返されたらひとたまりもない。

 今の俺だ、一切恋愛をしてこなかったは通じないだろう。そして真昼や昴たちに嘘をつくのも気が引ける。


『というわけで先手の優希ー!今のでも昔のでもいいよ!』

「え、俺から?!」


 ヤバいヤバいヤバい!

 言っていいのか?名前を出さなければバレないよな?

 でも、笹川の前だぞ!いいのか?!


『ほら、早く言いなさいよ佐々木』


 お前が後押ししてどうするんじゃい!!!

 いいんだな?あとで泣いて謝って止めてくださいもう許してくださいって言うことになっても知らないからな!!!


「……中学の頃。一回だけ付き合ってたことがある」

『おぉー!過去形ってことは別れたの?』

「うんまぁ……」


 笹川は無言。

 このまま続けていいということなのだろう。いざ本当にダメな時には笹川が止めに入ってくれると信じよう。


「そいつ、俺なんかとは比べものになんないくらいすげぇ奴なのに、俺に告って来たんだよ。その時は驚いたな」

『……なんで別れちゃったの?』

「そりゃあ……相手は俺なんかよりすげぇ奴。そんな奴と俺が付き合ったら当然色々言われたわけよ。悪口とか?……当たり前だけどな」

『酷いね……』


 すると笹川が『私トイレ』と言って画面から姿を消す。


「……俺はずっと、それが理由だと思ってたんだ」

『違ったの?』

「どうやらそうらしい。単純に俺のことが嫌になったから……別れたんだと思う」

『そっか……。優希はどうなの?』

「え?」


 予想していなかった質問に、俺は動揺してしまう。

 すると、画面越しの真昼は俺をしっかり見つめていて、


『優希は嫌いになったの?その人のこと』

「……」


 ……嫌い。

 果たして俺は笹川のことが嫌いなのだろうか?たったあの一言だけで嫌いになるほど俺は狭量な人間なのだろうか?

 当然、好きか嫌いかを問われれば嫌いを選ぶだろう。でもそれは消去法で導き出した選択。俺の本心とは限らない。


「……わからない。最終的には喧嘩別れしちまったけど、付き合ってる頃は楽しかった。それだけは間違いないんだ」

『うん』

「だから嫌いかって聞かれるとそうじゃないし、好きかって聞かれるとそういうわけでもない」

『そっか』


 真昼は適当に相槌を打つ。

 俺は「ただ……」と続ける。



「今の俺があるのは、その人のおかげかな」



 もし別れ際、あの言葉を言われていなければ俺はきっと変わらなかっただろう。

 俺が陰キャだったから苦しめてしまった、と思うこともなかっただろう。

 今の俺があるのは、笹川に言われたからだ。


『おまたせー』

『おかえり萌結』


 タイミングよく笹川がトイレから帰ってきた。

 すると、


「なー優希、俺のパンツ知らねー?」


 風呂から上がってきた昴が腰にタオルを巻いただけのほぼ半裸状態で姿を現した。

 ヤバい!!!


「おぉぉい!!!隠せ隠せ!女子見てんだぞ!」

「え?!なんでぇぇえ?!」


 俺がビデオ通話していたことに気付いた昴は、慌てて股間を手で抑えながら物陰に隠れる。

 そして俺はすかさず昴のトランクスを探し当て画面に映らぬよう渡した。

 なんとか窮地は脱したようだ。


『『全く。何やってんだか』』


 スマホから女子たちの呆れた声が聞こえた。

 オリエンテーション合宿の夜は長い────

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