第7話 ポストの憂うつ――軍事郵便




 まったくもって、近ごろの吾が輩は気分がすぐれないのである。なぜって、こうポイポイ軍事郵便を投函されても、期待にそえることはめったにないからである。


 おや、またやって来たぞ、あの母と子が……。


 ――レイテ島野戦局御中。


 あて名にこの郵便が届くころには、部隊はとうに移動しているかもしれんのに。


 愛らしい坊ちゃん(「ぼくの心を不思議の国へ連れて行ってくれる赤いノッポのおじさん」と吾が輩を呼んでくれている)が背伸びして吾が輩の口に茶色い封筒を入れようとするのを、若い母親が助けてやっている。ああ、なんともやりきれん。


 明治時代からずっとこの辻に立っている吾が輩だが、かつてこんなに辛い思いをしたことはなかった。せめて戦地の武運長久を祈るぐらいしかできんのが悔しい。

 

      *

 

 おやおや、今度は腰の曲った千代ばあさんがやって来たぞ。

 となりの家の娘に頼んで書いてもらったハガキを、後生大事に巾着袋の奥の奥にしまってやって来て、何度も伏し拝んでから、やっと吾が輩の口に入れるんだ。


 あげく、本当に入ったかどうか心配になるものとみえ、そのあとも吾が輩の周囲をグルグルまわって、どこかに落ちていたりしないか、しつこくたしかめるんだ。


 信じられていないのはいつものことではあるが(笑)……そうまでして出したハガキの返事が来たことは、吾が輩が知る限りまだ一度もない。千代ばあさんの気持ちを託された吾が輩としては、ゆえなき罪の意識におののかずにいられないのだよ。( ゚Д゚)

 

      *

 

 つぎにやって来たのは、女学生のしず子さんだ。

 はは~ん、また例の秘密の手紙を投函するんだな。いやいや、秘密といったって危険思想とか、そんなものじゃない、ひそかに想いを寄せている青年への手紙さ。


 そうそう、恋文とかいうやつだ。いや、なにもこの吾が輩が赤くなることはないのだが……え、もとから赤いから分からない? いや、こいつは一本取られたな。


 まあ、それはともかくとして、恋文といったって、時局柄、恋しいの「こ」の字も書かれていない、さりげない近況報告のようなものではあるが、役目柄、どんな想いがこめられているか、たちどころに分かっちまうのが吾が輩の辛いところさ。


 え、戦地からの返事? そうさな、三度に一度というところかな。

 でも、まだいいほうだと思うよ、この危なっかしいご時世ではね。


 しず子さん、気をつけてお帰りなさい。

 あんたの気持ち、たしかに預かったよ。

 

      *


 日がな一日、こうしてぼんやり立っていると、受け身でしかない自分がつくづく歯がゆくなるばかり。せめて銃後の村の人たちが少しでも平穏にと祈るばかりさ。

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