幕間① 刀矢の気付き

【刀矢side】



 海賀には、僕にも見えない裏側がある気がする。

 昔から察しの良いことで定評がある僕でも、彼の深淵しんえんの奥底に何があるのか、どうしても分からない。

 そんな謎に満ちた彼を、どうしても敬遠してしまう自分がいた。


 ただ、ある日。

 偶然、彼に好きな人がいると知って。

 ……親近感が湧き上がってこないわけ、ないだろう?


 彼にも普通の高校生らしい恋の悩みがあって、自分と同じ「人間」なんだと納得して、どこか安心していた。

 誰かを好きだと思う感情だけが、海賀がさらけ出した唯一の内面だったからだ。

 そうして海賀とつるむようになって、やはり彼の好きな人の話になって。

 その時から、僕は彼の恋を全力で応援しようと決めた。


 僕には好きな人もいなかったけど、海賀のためになるかなと思って恋愛ハウツー本を読み漁ったり、自分の外見を変えて女子の反応を観察してみたり。

 いわゆる「モテテク」なるものを研究したのは、極論言えば海賀のためだ。


 なぜそこまでするのか、そう問われても答えに詰まる。

 親友だから? 海賀にカリスマ性があるから?

 ……どれが正しいのか分からない。

 つまるところ、本当に根拠がないのは「僕のモテテク」ではなくて「海賀にモテテクを披露ひろうする僕の感情」だったというわけだ。


「根拠なぁ……でも、あれやん? 目が合った時に笑顔で手を振ったら、西條も照れて顔を赤くするんちゃう? そうすれば脈あり間違いナシやないか?」

「……一理あるな」


 「根拠」について考えていたら、かなり飛躍した思考をしてしまった。

 いかんいかん、今は海賀の相談途中だ。


 僕は窓の方を眺める。女子たちがキャッキャと騒いでいるが、おおむね先程の「ハグ事件」について騒いでいるとみて間違いないだろう……と。


 誰かからの視線を感じる。


 僕は相手に悟られないよう、さりげなく周囲を見渡してみる。

 ──いた。こちらを見ているのは……目黒めぐろあやだ。


 それも僕を見ているのではなく、隣にいる海賀を見ているらしい。

 ……ふと、目黒が僕の方を一瞥いちべつして、完全に目を逸らした。


 気付かれたみたいだ。


「刀矢、どうかしたか? ぼーっとして」

「……あぁ、なんでもない。それよりほら、西條がこっち見とるで。チャンスや」

「言われなくても」


 海賀は西條に向けて手を振っている。

 その様子を尻目に、目黒は教室を後にしていた。


 これだけの騒ぎになっているのに、興味を持たず場を離れる?

 ……偶然かもしれない。それこそ根拠なんてどこにもない。

 

 だけど、僕はどうしても──

 ──嫌な予感を感じずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る