第2話 新しい母と私

 私の父は今の母と15年前に再婚した。私が8歳の時だった。

「この人は真里子まりこさん、今日から希春きはるのお母さんになるんだよ」

 そう父から紹介された。当時の母の印象は悪くなかった。当時は。

「希春ちゃんよろしくね」

物心がつく前に実母がいなくなっているので、お母さんという響きに少し違和感を覚えたものの、母ができるということ自体に嬉しさも感じた。片親ということが嫌だったわけではないが、両親がそろっている友達を見て羨ましいと思わないわけでもなかったからだ。


 その新しい母と父とで昔、遊園地に行ったことがあった。

 泣き虫の私はアトラクションの中でどうしても欲しい景品の猫のぬいぐるみが取れなくて、泣いて不貞腐れていた。その時母が他のアトラクションに乗って気を紛らわすようにと勧めてきたので、私は父と別のアトラクションに乗ることにした。別のアトラクションに乗ってもなお不貞腐れた顔で母のもとに戻った。

「希春ちゃん、はいこれ!」

 母の手には、私がどうしても欲しかった猫のぬいぐるみが抱かれていた。

「え……、このぬいぐるみ……」

 不貞腐れた顔からの変わりようは誰から見ても一目瞭然だった。

「お母さんありがとう!」

 この時は「家族」として幸せな唯一の時間だったのだろう。


 徐々にその母が変わってきたのは、その母と私の父との間に妹の明日香あすかが産まれた頃だろうか。本当に少しずつの変化だった。

 最初に変化を感じたのは怒られ方、叱られ方だろうか。明日香が産まれる前は母からお叱りを受けることがあっても、諭されるようなそんな感じのお𠮟りだった。しかし明日香が産まれてからは段々と感情的に怒られ、言葉遣いも荒々しくなっていった気がしていた。初めは赤ちゃんの子育てが大変で余裕がないのかと子どもながらに考えていた。

 いつまで経ってもそれは変わらず、見当違いだったと私は気付く。

 私との会話のほとんどはお叱りに変わっていた。何が母のトリガーになるのか分からない。話し方が五月蠅い聞こえない、床に一本髪の毛が落ちているなんてまあちょっとしたことで弾丸はこちらにやってくる。

 小学5年生頃には、母の手から物が飛んでくるようになっていた。コップ、皿、手の届くものは全て私に飛んできた。手や足が飛んでくるのも日常茶飯事になっていた。

(でも私が悪いから……)

 トリガーを引いてしまう自分が悪い。そう言い聞かせていた。そう思うのだから、怒られることを受け入れている。受け入れているけれども、できればトリガーは引きたくない。そう思い母の顔色を窺っているうちに、徐々に私は母と話せなくなっていた。

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ブーゲンビリア 清水香流(しみずかおる) @kaoru-rina

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