Epilogue 愛しい貴方

「──貴方を愛しています」


 ポロリと言葉がこぼれ落ちた。

 目の前のマルテスがゆっくりと目を見開く。

 夜のとばりが下りた私の寝室で、私は生まれて初めて己の胸のうちを打ちあけた。


「マルテス、私はあなたを愛しています」


 受け入れられる場所などあるはずもない一方的な私のその言葉は、虚しく二人の間でこだまして、まるで風にユラユラと舞う木の葉のようにただ落ちていくはずだった。


 言うだけ言ってしまった。

 もう後悔はない。

 これで私は彼を解放してあげられる。


『貴方の想う人の元に行きなさい。私はいいから』


 そう続けるハズだった私の言葉は、綺麗にマルテスの唇の中に吸い込まれた。

 重ねられた唇の感触に我を取り戻してマルテスを見つめる。

 溢れ出す情熱をたたえた目で私をしっかりと見つめるマルテスが、閉じそこねた私の唇を何度も自分の唇でなぞっていく。

 彼の熱が皮膚を通して私に移り、身体の奥へと染み込んでいく。二人の間で生まれたその熱は、そのまま私の身体を熱く燃え上がらせた。


「貴方に触れることをお許しください」


 あふれるようにつむぎ出されたマルテスの言葉に頭がクラクラしてくる。迷子になるはずの私の告白は、マルテスから思わぬ答えを引き出してしまった。

 許されざるべきその問いかけに、私は迷うことなくうなずいてしまう。

 私の頷きを見た瞬間、歓喜と劣情れつじょうを燃え上がらせたマルテスの瞳の色が忘れられない……


 その逞しい胸に抱かれ、力強く抱きすくめられ、どこにも逃げ場のないその空間でマルテスの深い口づけを受け入れた。


 このまま私は祭女の責任を放りだしてこの人の腕に身をゆだねるのか。


 罪悪感からチリリと胸が痛む。だけど不安より欲望が勝ってた。


 以前一度パーティーの後にマルテスに組み敷かれたことがある。

 あの時はなぜそんな事になったのか自分でも理解しきれなかった。

 だけど今なら思い出せる。

 この与えられる熱の心地よさを、私の中に息づく本能が求めてるからだ。


 マルテスの大きな体が私を覆いつくす。まるで大切な秘密を誰にも見られまいとするかのように。または自分だけの宝物を誰にも取られまいとするかのように。


 最初は遠慮がちに重ねるだけだった唇が、いつの間にかしっかりと組みあって、お互いに深くからみあって糸をひく。

 そのうちマルテスの唇は私の唇を離れ、甘く触れる感触がずれて私の頬になり、耳元になり、首筋になり、肩になった。


 マルテスの唇の触れた場所がぼうっと熱をもち、私の身体の中心に未知の熱を送り込む。熱は徐々に溜まっていって、お腹の辺りからジクジクと甘い痺れが広がり始めた。

 思わず身をよじればマルテスがグッと私の身体を押さえつけ、腕の中の私を抱きしめる。寄り添うように身をよせて、私の身体を斜めに倒して身体中を優しく弄り始めた。

 クッと肩口に強く唇を押し付けて、チリリっという痛みを与えたマルテスは、まるで自分のつけた印を愛おしむかのように、その同じところに何度もキスを落とした。


「僕の証を付けました」


 はにかんでそう言ったマルテスが、本当にただ愛おしすぎて、私は首を伸ばしてその額に口づけを落とした。それを受けてふわりと微笑んだマルテスが真っ直ぐに私に問う。


「寝台に行きませんか」


 侍女たちの話から、私だってこれがどういう意味かくらいは知っている。

 知っていて、断る気にはなれなかった。

 それでも『はい』という一言が言えない私は、マルテスにただ小さく頷いて見せる。再び極上の笑顔を浮かべてマルテスが立ち上がり、私を抱えて寝台へ向かう。


 広い寝台の上に丁重ていちょうに私の身体を横たえたマルテスが、そのまま寝台のそばから私を見おろし、熱のこもったため息を吐いた。


「綺麗だ……」


 そう呟いた彼の手がゆっくりと伸びてきて、私のキトンを止めるブローチを外しにかかる。一瞬抵抗してしまいそうになって、ぐっと我慢した。

 恥ずかしさに血がのぼって、顔が熱い。

 マルテスが音もなく私の横に腰かけ、私の身体の両脇に腕をついてゆっくりと胸元に顔を近づけてくる。首筋に軽く触れたマルテスの甘い唇の感触に、思わずほぅとため息が漏れた。


 その唇が徐々に下にさがり、留めるものを失ってただの布切れとなった私のキトンを押し下げていく……


 二つの白い双丘を布の下から暴き出したマルテスの唇が、優しく私の頂を挟んでやわやわと喰んだ。

 恥ずかしい声が勝手に私の喉をついて漏れた。

 それを聞いたマルテスの身体が一瞬硬くなり、私の顔を見上げなだめるように私の上半身をその腕に抱きとめた。


「恥ずかしいですか?」


 なんでそんな事を聞くのだろう。

 恥ずかしいに決まってる。


 抱き起されたせいで布はずり落ち、侍女以外、他の誰の眼にも晒されたことのない私の身体がすっかりあらわになってしまった。

 腕で隠そうにも、マルテスに抱きすくめられていて隠せない。

 困り切って見上げれば、私を見下ろすマルテスの欲望を宿した瞳とぶつかった。その色にあてられて、結局なにも言葉が出てこない。


「ならば僕も脱がせてください」


 マルテスはそう言って少し身をひき、私の手を自分のキトンを止めるブローチへと導く。でもそのせいで今までマルテスの胸に押し付けられていた私の双丘がマルテスに丸見えになってしまった。


 マルテスも脱ぐんですもの。おあいこよね。


 そう自分に言い聞かせてそのままマルテスのブローチを外しにかかった。

 なのにその間にも私の背にまわされたマルテスの手がスルスルと背中や腰の辺りを撫でまわしていく。

 その指の動きに合わせて快感が私の肌を滑り、じんわりと染み込み、溜め込まれていく。それがあまりに甘美で、なかなかマルテスのブローチに集中できない。

 もたもたとしている間にマルテスの手が私の双丘に伸びてきた。


「ま、待って……」

「待てない。早くして」


 珍しくマルテスがわがままを言う。それが嬉しくて、私はそれ以上文句が言えなくなってしまった。


 ブローチを外し終わる頃には私の双丘はすっかりマルテスの手の中で何度も形を変え、甘く切ない快感とともにすっかり彼の手に馴染んでしまっていた。ハラリと落ちた布の後ろからマルテスの逞しい胸板と腹筋、そしてその脇をえぐる様に続く縦の稜線が落ちた布の下、腰の下へと続いていく。


「その先を見たいならベルトも外してくれますか?」


 マルテスが悪戯っぽくそう言うのを聞いて、一瞬戸惑いながらもマルテスの腰に手を伸ばす。

 布の間に隠れていたベルトを緩めて抜き取ると、さっきの稜線がそのままマルテスの太腿の付け根へと続いていくのが見えてしまった。


「今度は僕の番ですね」


 見とれた私を苦笑いを浮かべて見返しながら、マルテスがまたも私の身体をゆっくりとシーツに沈め、腰のベルトを手早く抜き取ってキトンも全て取り除いてしまう。

 残ったのは腰の紐で留められた頼りない下着一枚だ。


 私の全身を見下ろしながらマルテスが嬉しそうにうっとりとほほ笑む。

 そうしてすぐに自分も下履き一枚になり、慎重に私の上に身体を重ねた。私の全身をマルテスの全身が包み込む。

 肌と肌が重なり合い、マルテスの体温が重ねられた肌からじんわりと伝わって私の中にも染み込んでいく……


 先ほど胸に与えられた快感とはまた違う、ほっとするような甘い感覚にうっとりと目を閉じた。


 そのままじっと抱き合ってお互いの身体を感じる時間は、いつまでも飽きることなく甘やかに過ぎていく。

 だけどその甘い平穏を壊してマルテスが顔を上げ、片手を私の頭の後ろに差し込んで、抱え込むように深い深い口づけを始めた。


 マルテスの唇が私の唇と一緒にうごめき、マルテスの舌が何度も私の唇の間を掠めていく。それが切なくて、私も唇を開いてその舌を自分の唇で喰んだ。

 途端、ピタリと一瞬動きを止めたマルテスの舌が、今度は私の歯の間を押し割って口内を蹂躙し始めた。

 それまでの甘く優しい動きが、今度は私の全てを奪い取ろうとするかのような激しいそれに変わる。

 同時にマルテスの両手も私の身体中を忙しく這いまわり始めた。一気に熱が私の全身に広がって、もどかしさに腰が浮き上がってくる。下腹の辺が熱を持ち、ジクジクと痺れてなにかを求める。


 なにが欲しいの?

 私はなにを期待してるの?


 初めて感じるその切ない欲望に、私は身を焦がされる想いでマルテスの腕にしがみついた。


「まだ駄目ですよ。そんなに焦らないで」


 いつの間にか閉じてしまっていた目を開くと、感情の高ぶりに合わせて染みだしていた涙の向こう側に、マルテスの顔が霞んで見えた。

 その顔は今まで私が見たどの顔より野生味の滲む色気を漂わせ、見つめられているだけで胸が熱くなってくる。だけどどうやっても目が逸らせず、余計私の身体を熱く火照らせる。

 その熱を持てあまし、どうしていいのかも分からずに、思わず苦しさを逃すように私が喘げば、私を見下ろしていたマルテスの目が大きく見開かれ、唸りながら私の上で身体をうねらせた。ズクンっと強くせりあがった熱い感情に、一気に頭が真っ白になってなにも考えられなくなる。


 マルテスが好き。

 この人が愛おしい。

 ずっとこうしていたい。

 ……マルテスが欲しい。


 全ての感情は同じように強烈で、私の胸をいっぱいに満たしてくれる。

 マルテスの身体に合わせて私も自分の身をすり寄せて、心が求めるままにマルテスに縋りついた。


「フレイヤ……」


 マルテスが苦しそうに私の名を呼ぶ。

 それが嬉しくて。

 マルテスの動きが徐々に力強くなり、隠された彼の雄の証が私の身体を強く打つ。

 ズクンズクンと脈打つように身体の奥から快感が湧き上がり、頭のてっぺんまで犯していく。


「ァァ、だめ、もう……!」


 なにかが私の中で弾けて頭が真っ白になった。

 自分の身体がマルテスの身体を押し上げるように勝手に反りあがり、足のつま先までビリビリと痺れが走る。

 目に見えない大きなうねりに飲み込まれて、そして私の意識が沈黙した──




──チュンチュン。



「先輩の嘘つきーーーー!」

「なんのことだ」

「もう夢は見ないって言ったじゃないですか!」


 生活指導室に飛び込んだ瞬間叫んでた。

 私の怒声を片目を瞑ったまま黙殺し、ジロリと見上げた先輩が小さくため息を付いてこちらに向き直る。


「春休みとはいえ、学校内にはまだ生徒がいるんだぞ。もう少し考えて行動したまえ」


 そう言って立ち上がった先輩が私のすぐ後ろで開けっぱなしだった扉を閉める。


「君が言いたいのはもしかすると昨夜の夢の事かな?」


 そう言いながら振り返った先輩が、大きく頷くとニコリと微笑んだ。

 でもその直後、先輩の後ろでカチリと小さな音がする。


「え、先輩、今カギ……」

「やっぱり君もあの夢を見たのか。これは非常に興味深い。それではまず感想を聞かせてもらうとするか」


 そう言ってじりじりとにじり寄ってきた先輩に押されるように後ずさった私は、やはり前回同様、机と先輩に板挟みにされて自分のおろかさをのろった。

 これじゃあ単細胞呼ばわりされても文句が言えない。


「婚前交渉は……お控え下さい、と……」


 真っ直ぐ私に降ってくる先輩の顔をなんとか止めようと、両手を突き出しつつそう言えば、先輩がフッと瞳を笑ませて呟いた。


「君がいくらそう言いってもフレイヤとマルテスを止めることは出来ないだろう。すると僕たちの最初は夢の中、ってことになるかな」


 え、あ、そ、その通りだ。

 このままだと私、自分自身よりあの二人のせいで先に経験済みになってしまう!

 それよりはいっそ──


「いっそ僕を先に味わってみない?」


 私の胸の内を見透かすように、先輩が目にゆらゆらと欲望の灯して私に聞いてくる。


 待った!

 私先輩にいいように誘導されてる!

 ついでにそのお色気過多な視線は止めて~!


 こんなんで私、本当に我慢しきれるの?

 っていうか我慢するの無駄?


 流されそうになる自分を叱咤しったして、目の前の先輩をキュッと睨みつける。

 夢と先輩に追い立てられる私の春休みは、まだまだ始まったばかりだった。




             愛しい貴方(完)

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彼を殺したのは誰ですか?〜愛しの騎士様を守るため、この転生やり直します! こみあ @komia

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