第28話 唯花の決心、そして。

 ああうざい、うざすぎる……などと思っても、元カノのしつこさは限界突破済み。このままでは取り返しのつかない事態に事が運ばれてしまう。


 そうならない為に、唯花とあれこれ対策と対応をしていたはずなのに……。

 肝心の唯花は面倒くさくなったのか身を引こうとしてるし、俺が動くしかない。


「麗香。悪いけど、今日は無理だ。佐倉家に帰ってくれ」


 もちろん嘘だ。だが嘘でも何でもいい、一時的に唯花と二人だけになれれば――


「マンションの部屋でしょ? 行くよー」

「そうじゃなくて、パパさんと約束してるんだよ。もし麗香が戻って来ることがあったら、とりあえず一度実家に寄こしてくれってな。マンションの部屋の鍵はパパさんが預かってるんだよ」

「あ、そうなのー? それを早く言ってよね! じゃあ家に行って来るね! 和希君は、適当に時間潰しててー」 


 ……はぁ。ようやく解放されたか。

 パパさんの権力に感謝だな。すぐに逃げてたけど。


 唯花は黙りこくって一言も発して無いけど、ここは俺が男を見せねば。


「ゆ――」

「カズキ。帰ろ?」

「あ、はい」


 何も見せられず、唯花の居座った眼差しになすすべ無し。麗香もいなくなったし、部屋に入ってしまえばこっちのもんだ。


 ――で。


「…………」

「……えーと…………」


 部屋に戻って来てからというもの、唯花はまたしても沈黙した。らしくないと言えばらしくないが、どうすればいいのかさっぱりだ。


 このままでは麗香が部屋に来てしまう。何か声をかけないと。


「ゆい――」

イッヒ マーク カズキわたしは カズキ が好き。あんな女よりも、何倍も何百倍も!」

「いっ? イッヒ……え? 俺が何?」

「わたしはイッヒマークディッヒあなたが好きです! ……このままどこかに逃げたい」


 もしかしなくてもドイツ語だな。何て言ってるのか聞きづらいけど、逃げたいって言ってるということは、やはり麗香から逃れたいってことか。


「そ、そうだな。俺もそう思ってる」

「わたし以上に?」

「そりゃもう! 唯花がいなければネットカフェ生活三昧だったし、涙が止まらない人生だっただろうしな。唯花がいないと俺は生きていけないかも」


 何とも大げさにぶちまけてしまった。外国帰りで大人びているとはいえ、年下の子に俺は何という弱みを見せてしまったのか。


「それじゃあ、逃げようか」

「ふぁっ!? 逃げ、逃げるって、どこへ?」


 思わず変な声が出てしまった。まさか実行に移そうとしてるのか。


「ここの物は今夜中に無くなるの。だから、部屋を出ることになるけど。カズキの物は少ないから良かったね」


 おいおいおいおい。麗香よりもやることが早すぎるだろ。何も聞いて無いのに部屋を引き払うとか、それは全然話が違って来るぞ。


 まぁ、意見を言える立場じゃないんだけど。

 まさか麗香に部屋を引き渡して、ついでに俺も引き渡すつもりか。


「確かに少ないけど、じゃなく! どこへ引っ越しを? 俺を追い出してドイツにでも帰るのか?」

「カズキってやっぱりバカ?」

「バッ――」

「カズキはわたしと一緒じゃないと駄目って言った。違う?」

「そのとおりです」


 くっ、何も反論出来ない。しても仕方ないが。


「誤解してるけど、違う部屋に移るだけ。カズキと一緒に。元々ここのマンションの部屋はあの人の場所だから好きになれないし、長くいたくない」


 なるほど、確かにこの部屋は麗香に与えられた部屋だ。後から名義を変えたところで同じ空間に居続けるのは、さすがに我慢ならなかったか。


 しかしここを出たとして、一体どこに行く場所があるんだ。


「そ、それは分かったけど、どこに行くんだ?」

「カズキがいればどこでもいいよ」

「でも俺、生活力ないし金も……」


 自分で言ってて泣きたくなる。根本的な原因は俺の力不足。こればかりはすぐに変わりようがない。


 偉そうなことも言えないし、格好いいキザなセリフも言えないわけだ。

 だがせめて、


「今は唯花に頼るしか出来ないけど、俺と一緒にいて欲しい。そのうち、俺が唯花を……」

ヤーうん

「し、しわ、幸せにするように努力を……するから、だから」

「大げさすぎ! そこまで求めてないから言わなくていいよ」

「へっ?」


 あれ、唯花と駆け落ち的なイメージのはずが、実はそうじゃないのか。


「カズキ、お手!」


 最初の出会いの時のアレの再現だな。もはや逆らえないし、大人しく手を差し出そう。そう思いながら、唯花に向かって手を出した。


 すると、手の平に向かって唯花が顔をくっつけて来た。

 これは何の儀式なんだ……。


「んー……んっ! はい、完了!」

「なっ、何をしたんだ?」

「カズキの手に"口づけ"した。これでカズキの手はわたしのもの」


 何か恐ろしさを感じるが、反面気恥ずかしさもある。もしや手の次は足が来て、そのうち全てわたしのものとか言うんじゃないよな。


「俺もしないと不公平のような気が~」

「それもそっか。じゃあ、はい!」


 何の迷いも無く、唯花は自分の手を俺に差し出して来た。どうせ俺には出来ないと思って完全に油断してるな。

 

 それなら思いきって奪うか。

 唯花が差し出して来た右手を俺に引き寄せ、唯花を勢いよく俺の胸元に――


 ゴツーン!!


「いったーーーい!! カズキ、何するの!!」

「いちちち……勢い良すぎた」

「は? それがカズキの抵抗? それとも何? 何がしたかったの?」

「わ、悪い……こ、これはつまり――」


 お互いに頭突きする羽目になるとは思わなかった。


「あぁ、そういうこと?」

「ほ、ほらっ、猫の愛情表現みたいなもので……つまり、唯花のことが大好きって――」

「ふーん……? カズキはわたしが大好きなんだ? だから頭突き……」


 キスをするつもりが頭突きをすることになるとは、しかしこれはこれで……。


「だ、大好きだ。だからその……んむむっ!?」

「――んっ。これで許す。今度はカズキからするように! オーケー?」

「オ、オーケーオーケー!」

「それじゃ、行こっか!」


 どこへ――などと聞くまでも無く、唯花は俺の手を握って引っ張り出す。唯花からのキスの感触を残しながら、俺は大好きな唯花と一緒に部屋を飛び出した。


 大好きなこの子と一緒ならどこに行っても、きっと上手くいく――






 完結しました。長い間お読みいただきありがとうございました。

 新作公開中ですので、こちらもよろしくお願いします。

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同棲していた彼女に部屋を追い出されたけど、外国帰りの強気な妹さんの青春に付き合わされることになりました。 遥 かずら @hkz7

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