第5話 紫微垣

 餅つきのため集められた若衆、男児は、

女子衆おなごしが奥で蒸したもち米を次々に大庭園へ運び出し、

臼と杵を使い、あちらでもこちらでも、

突き手と返し手が組んで、小気味よくどんどん、つき上げている。


 数日すると餅が固まる。

武家では包丁を使わずに木の指物や槌で餅を切り分ける。

刃物を使うことは切腹につながるとして忌避された。

 また尾張の武家では、名を上げるように餅に菜を入れ、

ミソを付けないように汁は澄まし汁、

城を焼かないようにと餅は白いままの雑煮で新年を祝う。

 今日も来たる新年の縁起を担いで木の実の入った餅はつかずに、

白い餅ばかりのようだった。


 皆が大いに働き、賑やかに餅つきをしている間、

仙千代は身の置きどころがなく、

人の居ないところを探すようにして其処彼処を彷徨った。


 城の周りは堀が巡らせてあり三宅川から引水した遊水池になっていた。

 土手に腰かけて東日を浴びた。

 じんわり暖かくなってくる。

 着物の袖に入れていたギンナンを取り出し、地面に並べ、

兵法で習った陣形にしてみたり、

天空の星を連想し粒を連ねてみたりした。

 こうしていると楽しくなって他を忘れる。


 仙千代が父から教わった星位置の形にギンナンを置いていると、

俯いてうつむいている視線の先に影が落ちた。


 「それは?星官せいかんか?」


 すっと自然に話し掛けられた。

声の調子で少し年長者だと知れた。

 星官は唐土もろこしの天空図を描いたものだった。

 仙千代は手を休めず言った。


 「紫微垣しびえんでございます」


 先程の観音堂では知らない男が近付いてきて恐れを抱いたが、

不思議と今は難なく返せた。

 星官という言葉を発するのなら紫微垣之図は、

知っているはずだった。

 紫微垣は天を三つに分けた中央の広い場所で、

天帝の在所とされた。


 「星の城壁に囲まれた中枢、未だそこがからっぽじゃ」


 北の極星を象るかたどるギンナンをまだ置いていなかった。

 仙千代は最後の一粒を今の今、天の真ん中に位置付けた。


 頭の上から笑い声が降ってきた。


「天白天帝がギンナンとは」


 確かに可笑しく思われた。

天空の座主、北の極星が小さく素朴なギンナンの実で表されている。


 仙千代は影の主を仰ぎ見た。

 目が合った。

 瞳は微笑んでいて、眼差しが穏やかだった。

 顔立ちは一見、姫かと思われるような優しさだったが、

冬の北西風に負けない爽快さに包まれていて、

放たれる清浄な気が仙千代にまで届けられるようだった。








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