第20話 side:レイモンド10
「……私を愛人にしてくれませんか?奥様がお子を望めないのなら、私が産みます。もちろん、ずっと囲ってほしいなんておこがましいことは思っていません。奥様が療養中のあいだだけでもいいんです。あなたの慰めになればそれで」
「な……なにを言って……そんな、妻がいない時にそんな不誠実なことはできない。君も、愛人になんて不毛な関係になるよりも、ちゃんと再婚を考えられる相手と付き合った方がいい」
「私、結婚はもうこりごりなんです。それに一度失敗している女を娶ろうなんて人いませんよ。それに……ほんの少しの間だけでもいいから、レイモンド様の近くに居たいんです。だって……あなたと過ごしていた時間、本当に幸せだったから……」
イザベラは涙をこぼしながら俺に縋りついている。何と言ったらいいかと逡巡していると、彼女は俺を説得するように言葉を重ねてくる。
「もし、奥様に遠慮なさっているのなら、お子を産むための契約愛人ということにしてくれませんか?奥様がご病気で後継ぎを作れる状態ではないのでしょう?レイモンド様の代でアシュトン家を絶えさせるわけにいかないと言えば、奥様も受け入れてくれると思うんです」
後継ぎのことを持ち出され、思わず言葉に詰まる。
ハンナが一生あの状態だと考えると、後継ぎはまず望めない。先送りにしていたが、いずれ考えなければいけない問題でもあった。そのことを指摘されて、気持ちが揺れる。
「子どもを産むまでの間だけの契約でいいんです。その間だけでもあなたのそばにいられるなら……」
「……少し、考えさせてくれ」
話を保留にして、イザベラには今日は帰ってもらうことにした。
愛人契約というのは、家の存続と血筋を重んじる世代にはままあったことで、男子や子を多く望む家では妻が愛人を用意するといった場合も少なくなかった。
子は育ちにくい。一人二人では家の存続が危ぶまれる。旧世代ではそういった考えから、上流階級の間では愛人を設けることも珍しくなかったが、きちんと妻の了承を得た契約書を作ることが必要だった。
そういう意味ではイザベラが言った提案も特別おかしな話ではない。恋愛結婚が増えた昨今ではあまり聞かれなくなったが、やはり跡継ぎに恵まれないなどという場合には、一時的に愛人を設け契約で子どもを産ませた話もある。
ハンナでは、子を望むことは不可能だ。
これまで跡継ぎのことまで考える余裕がなかったが、兄弟もおらず近しい親族の男子は戦争で亡くしてしまった。アシュトン家を継ぐ者をどうするかを考えると、愛人契約も決して無理な話ではない気がする。
どうすべきか、本当は妻であるハンナに相談しなくてはいけないのだろうが、ハンナの今の状態を考えると、子どもを作れないことを負い目に思うかもしれない。
真面目なハンナであれば、むしろ子どもを設けるため愛人を作ることを薦めてくるような気がした。
……イザベラは、元同僚の妻で、身元も確かだ。
この愛人契約はそれほど悪い話ではないのかもしれない。そう思うと腹が決まった。
子が生まれて、乳離れするまでの期間と限定して、契約をしよう。
ハンナには、手紙で一応可否を問うつもりだったが、ハンナならば反対しないと思っていた。
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