第19話 side:レイモンド9



 ハンナが別荘に移り住んでしまうと、屋敷の管理や領地経営の仕事もみなくてはならなくなり、仕事のあとは酒場に寄る余裕もなく、真面目に屋敷と軍の往復という生活を余儀なくされていた。


 ハンナのこともしばらく思い出す暇もなく、気づけば手紙のひとつも送ってやってはいなかった。だが、ハンナからも届いてはいなかったので、彼女もあちらでのんびりと過ごしているのだろう。




 そんな時、屋敷に訊ねてきた者がいると、夜の遅い時間に家令が伝えに来た。誰が来たのかと思えば、なんとイザベラだった。戦死した友人の妻だと言われ、家令も追い返せなかったようだ。


「イザベラ、どうしたんだ。わざわざ家にまで来て。ああ、形見のナイフは砥ぎに出した後、ちゃんと保管してある。……悪いが、家に訊ねて来られては困るんだ。女性が訪ねてきたりすれば妻に誤解される」


「……ごめんなさい。あの、でも奥様が今家にいらっしゃらないのは知っています。少しだけ、お話させていただけませんか?」


 どこでその話を……と思ったが、軍の本部から近いあの酒場には関係者も多く訪れる。給仕であれば色々な噂も聞くのだろう。家令に下がらせてイザベラを書斎に通す。


「それで話とは?……最近仕事のほうが忙しくて、顔を出せなくて悪かったが、それほど急を要する話なのか?」


「ヤダ、怒らないでください。ねえ、奥様そんなにお加減悪いんですか?皆さんが噂しているの色々聞いちゃって、私レイモンド様がどうしているか、心配になって……。

療養に行ったって話ですけど、旦那様と上手くいかなくなって家を出て行ったとか、駆け落ちしたんじゃないかとか、下世話な噂も結構聞きましたよ。レイモンド様が休職されていた時、奥様は看病もせず夜遅くまで遊び歩いていたって言う人もいるんですよ。男と二人で夜の街を歩く姿を見た人もいるって……ねえ、本当に奥様は療養に行かれたんですか?」


 俺が呪いに侵されていたとき、ハンナは呪術師の域の頃を探すといって毎日夜遅くまで出かけていた時期がある。

その時のことを言っているのだろうが……当時、ハンナがどのようにして呪術師を探し出したのか詳しくは知らない。呪術師の男との約束で教えられないと言っていた。


 呪いまで引き受けてくれたハンナの愛情を疑うわけではないが、その呪術師とどのような経緯を経てどのような取引をしたのかと疑惑が頭をもたげる。


 俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、イザベラは身を乗り出して真剣なまなざしで言う。


「そんな噂が奥様にある以上、もしお子様が生まれたとしても、周りは疑いの目で見るんじゃないですか?あ……でも今はご病気だからその心配はないか」


「妻は本当に病気で療養に行っているんだ。そんな根も葉もないうわさに惑わされるつもりはない。君は一体なにをしにきたんだ?そんな下世話な噂を吹き込むためにわざわざ来たって言うのか?」


「……レイモンド様のことが心配だっただけです。でも奥様はなんのご病気なんですか?精神に異常をきたしている、なんて噂もありましたよ?いずれにせよ療養が長引くとすれば、お子を授かるのは難しいですよね?」


「だから、何が言いたいんだ。跡継ぎは考えなくてはいけない問題だが、君には関係ないだろう!」


 少し声を荒らげてイザベラにそう言ったとき、彼女が俺の体にぶつかるようにして抱きついてきた。


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