第11話 side:レイモンド1





「レイモンド、奥方の具合はまだ悪いのか?」


 軍部の会議室を出たところで、上官に声をかけられた。妻の事を問われ、動揺を悟られないように表情を意識して顔を作る。


「ご心配をおかけしております。ええ、まだ……その、私が回復するまでに色々あったので、肉体的にも精神的にも参ってしまったようなのです。今は人と会うのも辛いと言うので、長期に静養が必要で」


 そうか……と上官は心配げに眉根を寄せた。この上官と妻は直接会ったのは数回程度だと記憶していたが、どうやら彼の奥方とハンナは交流が深かったらしく、俺が仕事に復帰してからこうして何度も妻の近況を尋ねてくる。


「協会のほうからもハンナさんの復帰を望む声が多くてね、いや、体調が優れないのに無理をさせるわけではないんだが、せめてお見舞いにいけないだろうかと妻に聞いてくれと言われているんだ。でも人と会うのが今は負担になってしまうだろうか?」



協会とは、確かハンナが中心になって立ち上げた戦争寡婦への支援団体のことだろう。


 戦争で殉職した軍人には国から遺族年金が継続的に支払われるが、末端の正規の軍人ではない兵士などでは死亡手当が出されるだけでその後の支援は無い。戦争が長引くにつれ、一家の主を失い生活に困窮してしまう遺族が多くみられ問題になっていた。


 そういう家族を救済するために、ハンナが軍人の妻達と支援団体を立ち上げた。


 俺は戦場と王都を行ったり来たりで、妻が普段どのように過ごしているのかほとんど知らなかったのだが、ある時部下からお礼を言われて妻のしている事を教えられて驚いた。



 ハンナが立上げた団体は、寄付を募るだけでなく、服や小物を作って販売する商会としても活動している。服を作る仕事は寡婦の仕事にもなり、夫を亡くした妻が自立する道を拓く目的もあった。


 ハンナの活動に賛同する人が増え、高官の妻らも団体に名を連ね協力するようになると、正式に『婦人協会』として認められ国から予算を割り当てられることになった。

 協会の発足人であるハンナに感謝する人は多く、兵士達からも夫である自分にも感謝の言葉をかけられることも少なくなかった。



 ハンナは経済的な面だけでなく、家族を突然亡くし悲しみに暮れる人々を定期的に見舞い、話を聞いたり悩みの相談に乗ったりと色々世話を焼いていたらしい。


 病気のため、協会の仕事から離れるとハンナが手紙で知らせると、そういった人々から彼女を心配する手紙や見舞いの品がたくさん届いた。レイモンドの元にも『見舞いに伺いたい』と色々な人から声をかけられたが、あの状態のハンナに会わせるわけにもいかず本人の意向だとして断り続けている。



 レイモンドの返答を待つ上官に、毎回繰り返している言葉を告げる。


「お気持ちだけいただいておきます。病気で弱った姿を皆さんに見せるのは辛いようなので、どうか今はそっとしておいてあげてください」


「そうか……無理をいって済まなかったな。早く良くなることを願っているよ」


 申し訳なさそうに去っていく上官を見送り、気づかれないようにため息をついた。


 これほどハンナを気に掛ける人々がいるとは、正直思っていなかった。


 昔は、元々隣国の人間だったハンナに対してよく思わない者がもっと多かった。親の影響なのか、ハンナに『余所者は国へ帰れ』などという言葉を投げつけて、容姿に対しての悪口を言う子どもも少なくなかった。小さい頃はそういった事を言われるたびハンナは泣いていた。

 大人になるにつれ、そういったくだらない嫌がらせは無くなっていったが、それはハンナの父が政府高官という立場を得たことが大きいと思う。

 

この慈善活動も最初はハンナに対して批判的なことを言う者も多かった。


だが、彼女の活動は多くの人の救いとなったようで、俺の知らない間に、ハンナは確実にこの国に根付いて多くの人々に必要とされる立場になっていた。


ハンナは、彼女なりにこの国で自分の居場所を作ろうと必死だったのだろう。


 ぼんやりとそんな事を考えていると仕事を終えた仲間たちが飲みに行く相談をしながら歩いてくるのにかち合った。


「レイモンド、仕事終わったのか?久しぶりに飲みに行かないか?体はもう大丈夫なんだろ?」


 同期の男が声をかけてきた。俺が返事をする前に他の奴らがそいつと窘めるように声をかけた。


「バカ、今レイモンドの奥さん臥せっているんだよ。飲みになんか誘うなよ」


「ああ、レイが回復したのも奥さんが東奔西走して治療の方法を探してくれたんだって?すげえなあ、なかなか出来ることじゃねえよ。呪いを受けて死んだ奴らなんか、遺族に遺骨も遺品も引き取るのを拒否されているんだぜ?呪いが残っていたら困るって」


 戦死した大尉の亡骸に呪いを仕込まれていたという事例が過去にあったため、今では全ての遺品に穢れがないか調査してから引き渡すようになっているのに、呪いを仕込まれたという話が広まりすぎていて、戦死者の遺品が引き取られることなく大量に軍の倉庫に眠っている。

 遺品ですら忌避されるような有様なのに、呪われている身の夫を迷いなく引き取って献身的に世話をしたハンナの話は、軍人のなかで美談としてもてはやされている。


「……ああ、そうだな。妻には感謝してもしきれないよ。だから早く帰らないと。飲みに行くのは、また今度な」



 話が長くなる前に逃げるようにその場を後にした。



 どこに居ても、誰もかれもがハンナの事を言ってくる。正直うんざりしていた。



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