線香花火のような恋だった

時雨煮雨

線香花火のような恋だった


 外灯の明かりだけが照らす夜の公園。

 そこで俺、菊池 理玖はブランコに乗って人を待っていた。


「お待たせ」


 古びたブランコの音が鳴り響く中、久しぶりの声を聞いた。

「久しぶりだな」


 暗闇の中から出てきたのは俺の彼女。遠山 静香だ。

 『彼女』と言っても、会ったのは実に一ヶ月ぶり。

 最近忙しく会えない日々が続いており、チャットアプリでの会話もあまりしていない。

 そんな中、突然だ。昨日、彼女の方から「明日の夏祭り、一緒に行かない?」とメッセージがきた。


「ほんと、久しぶりだね」


 久しぶりに見る静香は少し大人びているように見える。大学に進学したからだろうか? 今着ている水色の浴衣もとてもよく似合っている。


「それじゃ、行くか」


「……そうだね」


 俺たちの言葉数は以前よりも少なくなった気がする。

 元々口数少ない俺たちだったが、それよりも少ない。


「そういえば私たち、今日で付き合って二年目だね?」


 静香がそう呟く。そういえば、今日で二年目か。

 二年前、俺から静香に告白したんだっけ。


「そうだったな、今日で二年目か」


「うん……もしかして、忘れちゃってた?」


 隣……の少し後ろを歩いていた静香が前に出てきて俺の顔を見る。

 ジッと見つめてくるその瞳に、耐えられなくてそっと目を逸らした。


「ごめん」


 見つめてくる瞳に、落胆が見える。


「いいよ……謝んなくて」


「わかった」


 それから、俺たちは一言も発しないまま、夏祭りがある会場へと足をゆっくりと進めた。





 会場に着くと、人だかりがいつもより凄かった。


「手、繋ぐ?」


 静香がそう提案してくる。

 流石にこの人混みだ。逸れたら見つけるのに時間がかかる。


「そうだな、ほら」


 左手を差し出す。

 静香がそれを握るが、その手はとても冷んやりして冷たく感じた。


「ね、くじやってみない?」


 静香が俺の手と一緒にくじ引きの屋台を指す。

 そういえば、一昨年もくじ引きやったっけな。

 結果は手持ち花火だったけど。


「そうだな、やってみるか」


 そうしてくじ引きの屋台へ足を運ぶ。

 だが、子供に混ざって大人と言える俺たちが並ぶのは……場違い感がすごい。


「一昨年は手持ち花火だったよね」


 そう言いながら順番を待っていると、俺たちの番となる。

 店主に二人分の料金を出し、静香からくじを引く。


「手持ち花火以外があたりますよーにっ」


 そう言ってくじを引く姿を見ると、懐かしいと思える。

 そして、静香が紙を一枚取り出しめくると、そこには五等の文字。


「五等だね。はい、景品の線香花火だよ」


 どうやら、五等は一番下で線香花火が景品のようだ。

 線香花火よりも手持ち花火の方が良かったな……。


「あーあ、残念。線香花火だって。帰りにでもやろっか?」



 そう言ってヒラヒラと線香花火の入った袋を見せる。


「そうだな、じゃあ待ち合わせしたあの公園でするか」


 そう言いながら、俺もくじを引く。

 結果は五等。線香花火だ。


「なんだ、理玖も線香花火じゃん」


 残念そうにする静香。いや、言い訳させてもらうけど、俺くじ運ないからな?


「そうだな、尚更線香花火消費しなきゃいけなくなった」


 そして、俺たちは今日初めて二人で笑い合った。


 



 屋台をすべて回り、買ったものを食べながら俺たちは待ち合わせをした公園にいた。


「やっぱり夏祭りの雰囲気を感じて食べるものって美味しいね」


 そう言いながら、静香がバナナチョコを食べる。

 俺はそれを見ながらイチゴ飴を食べる。


「そうだな……まぁ祭りの時以外食べることがないものもあるけどな」


 イチゴ飴を食べ終えると、棒をいらない袋に入れ、代わりに線香花火を取り出す。

 それを見て、鈴香もバナナチョコを食べ終える。


「線香花火、やろっか?」


 静香は線香花火を一本取り出す。そして戸惑いを見せる。


「はい、ライターだろ」


 胸元のポケットからライターを取り出しそれを渡す。


「ありがと」


 静香はライターで線香花火に火をつけて、しゃがんでジッと花火を見つめている。

 それを見て、俺も線香花火に火をつけて始めた。





 線香花火が残り一本となった。

 それまでに一度も俺たちは言葉を発していない。

 この場所に響くのはセミの音や線香花火が弾ける音だけ。

 線香花火を見ていると、横目で静香の最後の一本が落ちたのが見えた。

 そして、静香が俺を見て徐に口を開く。


「私たちさ……もう終わりにしない?」


 覚悟していた言葉。俺もそれを言うために今日きたし、静香の用件がそれだって気付いてもいた。

 だから──


「そう……だな」


 線香花火が焼け落ちる。



 それは、まるで今の俺たちの関係を表しているようだった。

 

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線香花火のような恋だった 時雨煮雨 @Shigureniame

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