第11話 KAC202110「ゴール」

「すみません、姫様。私が至らぬばかりに、奥様に気付かれてしまいました」


「……へ⁉︎」


 いきなり部屋に現れた半透明な少女に、美鈴は驚いたように目を見開いた。その姿は美鈴の背丈の半分程しかなく、深々とモモリーナに向けて頭を下げている。


 一体何が何やら全く分からない。しかし一番に美鈴が驚いたのは、


「え、モモリーナが二人⁉︎」


 白いドレスをまとった、その少女の容姿であった。


「百李那、自分がどれ程の事をしているのか、充分に理解が出来ていますね?」


 次の瞬間、白ドレスの少女がフッと消え去り、ボリュームのある黒髪をアップに結い上げた、黒ドレスの女性が姿を現す。


「勿論です、お母様。覚悟は出来ております」


 そのとき発したモモリーナの凛とした空気に、美鈴は思わず息を飲んだ。


「よろしい。では、直ぐに戻りなさい。この侍女の処遇も含めて、貴女に話があります」


「待ってください、お母様。李緒には何ひとつ責任はありません。彼女はただ、私の命令に従っていただけです」


「あくまで、貴女ひとりの責任と…?」


「その通りです、お母様」


「……いいでしょう。侍女の件は再考します。貴女も直ぐに戻ってきなさい」


 それだけ言い残して、黒ドレスを着た半透明な女性の姿がフッと消える。


 状況の理解も出来ないまま、美鈴はパチパチとまばたきを何度も繰り返した。


「えっと…今の何?」


「聞いての通りです、美鈴さん。今日はこれで帰りますね」


 モモリーナは明るい笑顔でペコリと頭を下げる。しかしその笑顔の中に、一瞬哀しそうな色が浮かんで見えた。


「え、モモリー…」

「美鈴さん、さよなら」


 美鈴の言葉を遮って、モモリーナの姿がフッと消え去る。


 やがて、モモリーナが姿を見せなくなってから、二ヶ月の刻が過ぎていった。


 〜〜〜


「そうか、もう二ヶ月になるのか」


「…うん」


 慎二の改めての確認に、美鈴は力無く頷いた。それから椅子の背もたれに身体を預け、ゆっくりと天井を仰ぎ見る。


 いつもいつも、ホントにただのお邪魔虫だと思ってた。だけど何故だか、ずっとこのまま一緒にいるものだと思ってた。


「ま、元気出せよ。そのうちひょっこりと、何事も無かったように顔を出すんじゃないか」


「うん…………うん⁉︎」


 慎二の励ましに生返事で頷いたその瞬間…


 天井から生える二つ並んだ大きな丸い物体に、美鈴の瞳が釘付けになる。


 同時に、桃色ショートボブの少女の身体がするりとすり抜け、


「わわっ、落ちるっっ」

「え、なに……ムギュウ」


 バタタンと大きな音をたてながら、椅子ごと美鈴を押し潰した。


「お、おい美鈴、大丈夫か⁉︎」


「モ…モガ」


 慎二は焦って窓から身を乗り出すが、いつもの見慣れた光景に思わず苦笑いを浮かべる。


「…モモリーナ、そろそろ離れないと、美鈴が窒息しちまうぞ」


「へ? わ、わわわっ、大丈夫ですか、美鈴さん⁉︎」


「プハッ」


 そのとき漸く乳圧から解放された美鈴は、起き上がってモモリーナの胸をむんずと鷲掴み、


「これが噂の駄肉かぁぁああ!」


 力の限りに握り潰した。


 〜〜〜


「酷いです、美鈴さん。私これでも、至宝と云われた魔法界のお姫様なんですよ」


 モモリーナは目に涙を浮かべながら、ヒリヒリと痛む胸をゆっくりとさする。


「知るか! 何が魔法界のお姫様よ! アンタなんて……って、あんた女神さまじゃないの⁉︎」


「ああ、あれは嘘です。どうせ突拍子もない事なら、突出している方が信じて貰えるかと思いまして」


「え、ちょっと待って…嘘って、ええ⁉︎」


 ニッコリ笑って言い切ったモモリーナに、美鈴は訳も分からずに頭を抱えた。その横で、美鈴の部屋に移動した慎二が口を開く。


「それで、その魔法界のお姫様が、何だってこんな所にいるんだ?」


「実は私、もうじき結婚するのです」


「え、結婚⁉︎」


「そうです、美鈴さん。いわゆる、ゴールインとか幸せの牢獄とか云うアレです」


「アンタ相変わらず、変な言葉知ってるね」


「勉強しましたからね」


 そう言ってモモリーナは、クスリと微笑んだ。


「別にそれが嫌と言う訳でもありませんし、相手が嫌いと言う訳でもありません。ただ一度、思い切り羽根を伸ばしてみたかったのです」


「…で、結局なんで、ここにいる訳?」


「何でですかね? じれったいお二人がいるなーと遠見の泉で眺めてたら、いつのまにか直接乗り込んでました。アハハー」


「アハハーじゃないよ、全く。こちとらフラグが折れて…って、ちょっと待って!」


「そうだ、ちょっと待て、モモリーナ。オレたちのフラグの話は、どうなるんだ?」


「あ、それも嘘です」


「嘘…っ⁉︎」


 慎二と美鈴の声が、同時に重なる。


「はい、嘘です。ですが…」


「ですが、何よ?」


 モモリーナに真っ直ぐに見つめられ、美鈴は思わず姿勢を正した。


「美鈴さんに関しては、あながち嘘とは言い切れないかもしれません」


「ちょ…ちょっと、変な冗談やめてよね」


「……」


「え、ちょっと、ホントにやめてよ」


「……そうですね、きっと私の気のせいです」


 しかし、その妙な間とモモリーナの笑顔が、美鈴の不安を余計に煽る。


「それでモモリーナは、もうこっちの世界には来れないのか?」


「もしかして気になりますか、慎二さん?」


「まあ、せっかくこうして、仲良くなれたからな」


「お相手の方には花嫁修行の一環とゴリ押ししましたが、どうせなら慎二さんとのアバンチュールも悪くないですね!」


 そうしてモモリーナは、自慢の胸を押し付けるように、慎二の胸元に飛び込んだ。


「ちょ…おいモモリーナ、お前、何やって…っ」


「何がアバンチュールだ、このポンコツ浮気姫!」


 その時ゆらりと立ち上がった美鈴の全身から、暗黒のオーラが噴き上がる。


「アンタはさっさと、その婚約者とゴールでも何でも決めちまえーーーっ!」


 口では悪態をつきながらも、こんな時間がずっと続けばいいと、美鈴は心からそう思った。





 〜おわり〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見習い女神は今日もフルスロットル!【リメイク版】 さこゼロ @sakozero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ