第18話 再会と狂気の想い

「ロイ先生…」

 とバルトルトが凍りついたような顔で声をかけてきた男を見ている。

 白衣を纏い真っ白に染まった長髪を紐で結び一つに纏めており、片眼鏡をかけた男の瞳の色は灰色だ。顔立ちはいいが少し顎の下に短い髭がある背の高い中年男性だ。茶色い鞄を持っていた。


「お知り合いですか?」

 と私が聞くと


「おやおや?随分と背の高いお嬢さんですね、私と同じくらいかな?」

 と言うので言われてみるとそのくらいかも。バルトルトより少し高いもの。


「こんなに青ざめて…王子…お薬を…」


「要らない!…行くぞヨハンナ!」

 とテーブルにお金を置きバルトルトが立ち上がる。ロイ先生と呼ばれた人は


「くく、薬が必要になりましたらどうぞこちらへ」

 と私に住所の書いた紙を渡した。


 ーエドワード・チェスター・ロイー


 ロイ医院の住所や名前が書かれていた。

 バルトルトは私から紙を取り上げてグシャリとし、言った。


「あんたのとこに世話になる気はない!二度と俺や俺の…恋人の前に現れんな!!」

 と言い放ったので私は驚いた!!


 えっ!?恋人!?

 あやふやな関係でしかなかったのに!

 はっきりそう言ったバルトルトに驚いていたが結局彼に引っ張られて店を出た。


 それから店から随分と離れたベンチを見つけて腰掛けようやく手を離してため息を吐く。顔色は青いままだ。


「本当に気分が悪いなら先生に薬もらってきましょうか?」


「やめろ!あんな奴に!!」

 と言う。何があった…ってまさか…!

 思いつくのは…バルトルトの過去関係に男だっていたこと。

 まさか先生にも襲われてたの!!?


「あいつは昔俺の主治医だったんだ。俺が女や男達に酷い目に遭わされた後…薬をくれた。優しい言葉に励まされ最初は俺も先生に気を許していた。しかし…段々とあいつはまともじゃなくなっていった…。


 俺をいやらしい目で見るようになった。薬を塗る手つきが気持ち悪くなったし何度もおぞましい言葉を投げ身体に触り始めた。信頼してたものが崩れ去った。


 それから俺は何もかもが嫌になり王位継承から降りて逃げた」

 と辛そうに語った。


「辛い目にあったんですね…」


「さっき会って確信した!あいつはまだ俺を……想っているかもしれない。あのねっとりした視線が証明だ!!…だから咄嗟にお前のことを恋人と言っておかないと何されるかわからなかった……。巻き込んですまない」

 とバルトルトが素直に謝罪した!

 バルトルトは少しだけ震えていた。思い出したくもない過去を思わぬ形で再会したのだ。


「バルトルトさん…もう終わったんですよ。もう今は大丈夫ですよ?過去じゃなく未来を見つめましょう。今すぐには忘れることができなくともこの先にはきっと楽しいことがあるかもしれないじゃないですか?


 ……もしまたあの先生がバルトルトさんに近付こうというなら…私がお守りしますから!」

 と胸を叩くと半目になり


「はっ!女のお前に何ができる!?偉そうなことを言うな!お前に守られなくとも自分でなんとかするわ!」


「そんなこと言って女に守られるのが嫌なんですね?全く素直だったり素直じゃなかったり、気まぐれですね!」


「うるさい!女に守られる男なんて情けないこと俺はしないだけだ!……まぁお前の気持ちはその……」

 と言うとなんかバルトルトはもじもじし赤くなりガシリとまたいきなり私の手を握ったのでドキリとした。


 しかも恥ずかしさからかギュウウと握りしめている。


「痛いです」

 と言うとようやく力を緩めた。


「……すまん」


「いいえ…買い物の続きしてお屋敷に戻ってみましょう」

 と言うとバルトルトはコクリとうなづいた。


 *

 見つけた……。


 まさか咳き込んでいた男の顔を確認したら偶然にも思わぬ所で再会できた!!


 バルトルト・バルタザール・ブルーノ・レーリヒ。隣国アスター王国の第7王子として生まれ、幼い頃から王位継承権に巻き込まれて日々命を狙われたりしていた。

 そして幼い頃から恐ろしく美しい顔立ちに白い肌は誰もが振り返り虜となった!


 毒を飲まされ私の所に駆け込んでくるようになり丁寧に処置をした。何日も寝込むことも多かったが回復すると懐いてくれた。私も嬉しかった。


 しかし、他の兄弟や側妃側からの狡猾な嫌がらせと彼に仕向けられる女やら男やらに無理矢理身体を暴かれた彼は次第に死んだ目をし始めた。初めて襲われた日には彼は涙も枯れて私の所に縋るようにきていた。落ち着かせようといろいろ励ましたりした。


 しかし彼の白い肌にくっきり赤い痕がついてるのを見て相手が憎くなった。彼をこんなにして許せない!!彼に触れていいのは私だけなのに!!


 おのれ!!


 ある日またボロボロになった彼は泣きながら


「俺はもう…嫌だ…!!王子なんて辞めるんだ!!もう終わりにしたい!!」

 と言い出し私の胸で泣き始めた。

 堪らなくなりつい、彼を押し倒しキスをし


「大丈夫ですよ、王子…これからは私が貴方を守ってあげましょう…ふふ」

 と彼の身体に触れると怯えたように彼は私を見る。


「先生…あ、貴方も……」

 それからはまるで監禁するように彼を守ったが隙をついて彼の影の魔術で私の手をグサリと刺され思い切り蹴飛ばされた!


「………先生…さようなら…」

 と冷たい目で一言そう言い彼は闇夜に紛れて去った。


 王位継承権を捨てどこかに逃げてしまった彼。きっと心細く過ごしているに違いない!行って誤解を解かなければ!彼は私が奴らと同じと思っている!違うんだよ?私は…君をただ本当に愛してるだけなのだからね!!あんな汚い者共と一緒にしないでほしい。


「それに昼間見たあの女…。恋人だと?ふざけやがって!彼は私のものなのに!!あの背で彼を脅し無理矢理恋人にしたに違いない!!」


 そうだ!きっとそうだ!

 彼は助けを求めている!私のことを待っている!!


 ふふふ、バルトルト王子!待っていてくださいね?私が君を助けてあげるよ!…君を探して私も旅に出たんだ。

 今度こそ幸せになろうね?一生一緒にいるんだ!


 と一人私は宿で笑った。


 *


「どうにも寒気がするな…」


「ええ?風邪ですか?氷もらってきますか?」


「いやいい…」

 屋敷に戻るとまだ夫婦は娘と楽しく喋っていた。どこにでもありそうな家族の図。娘の身体は死んでいると言うのに。


 今は俺の部屋でヨハンナと話をしていた。ローブは脱いで壁に掛けていた。


「後…2日…か…」


「確か食べ物を与えてはダメだって」


「当たり前だ。娘の身体は死んでるんだ。消化出来るわけない…それに…もし間違って血なんか飲んでしまったら…大変なことになる」


「え?大変なことって例のバケモノとなる話ですか?」


「そうだ。よく覚えてたな。ネクロマンサーは死んだ魂を操れる唯一の存在だが…肉体に宿した魂が血の味を覚えちまったら…まるで狂っちまうんだ。…生きてた頃の記憶を忘れてただ、血を求める怪物になる」


「ひえええ、やっぱ怖いー!」

 とヨハンナが嘆く。


「くくく、昔な、どっかの国のネクロマンサーがバケモノと化した魂を引き剥がそうと騎士と一緒に取り押さえようとしたが失敗して食われちまったんだとよ。


 バケモノは街を彷徨い次々と人を襲い始めた」


「もう!バルトルトさん!!怖いことばかり楽しそうに言わないで!!ほんと性格悪いーー!」

 とヨハンナが泣くのでくくくと楽しくなり俺はしばらく先生のことを忘れることができた。やっぱりヨハンナといると温かいものが胸に流れてくる。

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