第36話 vsイラン⑤

この日、試合に出ていた選手、観客、その他関係者は、世界で一番と言っても過言ではない、綺麗なボールの軌道を見ることとなった。



「さあ、どうしようか」

「間接フリーキックに変える?」

確かに、それが一番妥当だ。

佐伯に角度ができる位置に蹴ってもらいダイレクトで狙うのが一番いいかもしれない。


「それじゃ、面白くない」

「そういう基準?」

「いつでもそうだ」


傑にとってサッカーは面白いもの。

そう思わないと、やっていくことができない。


「狙うならキーパーがギリギリ届かないところに蹴るか、早い球を蹴って、キーパーが動けないうちにいれるか。そのどっちかだな」

「軽く言うよね」

言葉で言うのは簡単で、理想的なフリーキックだが、そんなの簡単に実現はできない。

だから、壁となっている選手たちと協力し、工夫をするのだ。


「中央に全員で固まるように、ボールをキーパーから隠すようにしてって伝えてくれるか」

「わかった。すごいの期待しとくよ」

佐伯が、チームメイトに伝え、日本の選手が壁の中央付近に密集する。


これには、放送席も盛り上がっていた。


「これは、新しい形ですね」


「ですね。流石にこんなのは、現役時代でも見たことがないです。何かやってくれるのでしょう」


「キーパーから隠すのはよくありますが、それでもボールはゴール正面ですから、相当難しいと思いますけど、どう蹴ってくると予想しますか?」


「私が、彼ほどの技術とセンスを持ってたら、中から外に曲げて左上を狙いますね。あそこはキーパーにとっては、届きにくいだけでなく、判断が難しいコースですから」


しかも、中から外に曲がっていくボールは、誰が見ても枠を捕らえないと思ってしまうらしく、ベテランでも判断が遅れるのだそう。


「よし、やってみるか」


傑は、ボールの数歩下がり、ジャンプをして、体重の移動をリセットする。


ピィィィィ!!


審判の笛が鳴る。

傑がボールに向かうと同時に、イランの選手が日本選手を退けようと体を入れてくるが、なんとか耐え抜いている。


ザッ、ドン!


踏み込みの音、ボールを蹴る音がした。


傑が蹴ったボールに、会場の全ての人の視線が注がれる。

ある者は口を開け、またある者は立ち上がり、そしてある者はすでに喜んでいる。


ボールは、壁を軽々越え、僅かに曲がりながら左に逸れていく。

キーパーは、壁をボールが超えた時点で、軌道を確認した為に出遅れた。


壁となっていた両チームの選手たちもただボールの軌道を目で追うだけ。


傑が放ったボールは、誰にも邪魔されることなく、なにもない空間を飛んでいるかのように、ゴールの左上部の角に吸い込まれていった。


ザンッ。


「ゴーーーーーーール!!」


この試合で一番大きな歓声という名の爆音が陣営関係なく、鳴り響いた。

その歓声を一身に受ける傑は、腕を突き上げていた。




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