第21話  エピローグ


春まだ浅い、3月の末のこと……

土門と遥子は連れ立って、海を眺めていた。


「……綺麗……!」

夕暮れ間近の海上に浮かぶように造られた“ 海ほたる ”から眺める夜景は、まるで写真のような美しさだった。

日が沈んで間なしの空は、紺色とピンク、オレンジの三色が、なんとも言えないコントラストを描き、工場地帯やビル群の目映い光達が電飾の様に様々な色に光っている。

せりだした展望台から望む海景色は、飽きることなく見ていられる。


「やっと、ご褒美のドライブの実現!!」

「年末年始から、ありがたいことにずっと忙しくて時間取れなかったものね。ごめんね、四ヶ月も遅れて…」

遥子は隣に立つ土門をすまなそうに見上げた。

ミステリー作家「白岡 類 」の編集を事務所初めての大仕事として成功させたご褒美に、ドライブに行くと約束したまま、実現出来ず今になってしまっていた。

「いいんだよ、ちゃんと来られたんだから!」

いつもジャケットやダウンが多い土門が、珍しく濃紺のブレザースーツを身につけていた。

それに、今日のドライブは得意のバイクではなく、車だった。

レンタカーを借りたらしかった。

「ねぇ、なんで今日は車だったの?てっきりバイクだと思っていたのに……」

遥子がずっと疑問に思っていた事を尋ねた。

「うーん……ほら、ちゃんとしたレストランで食事するからスーツっぽい格好だから、たまには車もいいかなぁと思って。」

ちょっと照れくさそうに笑ったスーツ姿の彼は、いつもより大人っぽく、頼もしくみえる。

「今日の駿平は、なんだか男前ね」

遥子は素直に思ったままを伝える。

「あれ?今頃気付いた?というか、いつも男前だけどね!」

「そうだったっけ?いつもはやんちゃな小僧でしょ?」

遥子が意地悪く笑って返すと、土門は口をへの字に曲げた。

「健さん……そろそろ“ 小僧 ”返上してくれないかなぁ?」

「彼の中ではずっと小僧なのよ、駿平は。でも、貴方の能力は誰よりも認めてくれてるわ。」

「……まぁ、そこは、嬉しいんだけどね。」

土門は少し照れ臭そうに鼻を触った。

遥子は土門の方を向いて彼の腕に手を掛けた。

「撤回!駿平の能力を一番認めているのは、私だったわ!」

「えぇ!?一番?……あんなに手厳しいのに?まぁまぁダメ出しされるのに?」

土門は、眉を顰めながらうーんと唸った。

「馬鹿ねぇ!最強のパートナーになってくれるんでしょ?期待するから厳しくなるのよ」

土門は、すっと距離を詰めて遥子をすっぽり抱きしめた。

「プライベートがメガ優しいから僕的にはオッケーだけどね。」

遥子は相変わらずドキドキと跳ねる心音に、照れ隠しに海の方を見た。

この人と居ると、いつも穏やかではいられない。

この上無い優しさに、時にドキドキしたり泣きたくなったり……

勝手に突っ走られると、慌てたりイライラしたり……

想像以上の能力の高さに、感心させられたり、負けてはいられないと思わされたり……

全部引っくるめて、彼と居ると愉しくて仕方ないのだ。

こういう感覚を幸せというのならば、最高に幸せだと思う。


「駿平……」

海から視線を戻し、遥子が土門を見つめた。

「なんだい?」

大好きな少し茶色い瞳に微笑む。

「私を貴方のお嫁さんにしてくれない?」

迷いなく、土門の瞳に問いかけた。

土門は、一瞬ポカンと口を開けて驚いた。

そして、即座に大きく首を左右に振った。

「いやいや!!待て待て待て――!!」

「はぁ!?」

土門の反応に、今度は遥子が驚いた。

「……なんで……なんで、遥子がそれを言うかなぁ……」

土門は、なぜかがっかりした様子で遥子を見つめた。

「だって!駿平のお嫁さんになりたいと思ったんだもの!まさか……私、断られてるの!?」

嘘でしょ!?とでも言うように抗議する遥子の口唇を土門は人差し指で塞いだ。

そして、小さいため息と共にブレザーのポケットからお決まりの小さな箱を取り出した。

「うわっ!え?……そう…だったの?」

土門は、無言でブレザーの襟を手で摘まんで示し、車のハンドルを握る振りをし、最後は小箱を手の平に乗せ指差しをするというパントマイム方法に出た。

今日のドライブの意味、土門がいつもよりフォーマルな意味、小さな箱の意味……

彼は今日、プロポーズを考えていたに違いなかった。

遥子は、肩を落として目を閉じた。

「……ごめんなさい……私が台無しにしちゃったのね……」

土門は俯いた遥子の顎に指をかけて小さくキスをした。

「あやまらない!」

「……だって……」

「いいんだよ、どっちから告げたって僕達は結婚するんだからさ。」

土門の顔が嬉しさにクシャっと崩れた。

「むしろ、遥子からの逆プロポーズなんて、一生忘れられないよ!」

そこで土門は突然真顔になる。

「時田遥子さん、僕と結婚してください。時には傷つけることもあるかもしれないけど……」

「え!?傷つけるの?私を?」

土門は真剣な顔のままコクンと頷いた。

「別人格の二人が一緒に生きていくんだから、そういうすれ違いはあるかもしれない、お互いに。でも、その傷は僕が必ず治すと約束するから。どんなことがあっても、僕が治す。」

遥子は、正直な飾り気のない彼の言葉に感動した。

「なら、私が作った傷は、私が治すわ。どんなことがあっても、治してあげる。」

「そうやって、一生一緒にいよう」

「はい。」

遥子がこの上無い幸せな表情で頷くと、土門は箱から指輪を取り出して遥子の左薬指にしっかりとはめた。

緩やかな波形のラインの波形のところに小さなダイヤが波しぶきのように散りばめられ、中央のブルーダイヤを囲んでいる。

「うわぁ!!……素敵……」

「うん、似合ってる。遥子はブルーダイヤが似合うと思ってたんだ。」

「……ありがとう、ありがとう…」

遥子の瞳が涙に揺れると、土門が小さく首を振った。

「まだ泣くのは早いよ。これは、あくまでも予約だからね…」

「……予約?なんの?」

土門は、どこか得意気な顔になった。

「結婚することは、決まった。でも、それは遥子の本が出来上がってからだよ。まずは、それが最優先事項だろう?」

遥子は、感動に浸っていた気分から一気に現実感に引き戻された。

もちろん、土門の言う通りなのだか、それを彼に指摘されたのが悔しかった。

「なんか……ムカつく。なんか悔しい。」

土門は遥子の心境はお見通し然とした態度でニヤリと笑った。

「僕に言われたからだろ?」

「そう。それは私が言おうと思ってたんだもの。」

「伝説の編集者のパートナーを甘く見て貰っちゃ困るよ!」

「やっぱり…ムカつく!」

むくれる遥子に土門はアハハと声を上げて笑った。

結果、遥子もつられて吹き出す。


二人は笑いながら小さなキスを何度も何度も繰り返す。

二人の幸せそうな笑い声が、いつの間にか現れた星々の空に吸い込まれていった。




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愛して壊れ、愛されて生きる 美瞳まゆみ @mitou-mayumi

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