第5話 アーカイブされる日々 episode5

「怒りっぽいのは無駄にリソースを使っている証拠だね」


「無駄に使ってなんかいないわよ、まだ1%も使っていない」

「それを言うなら、これしきの事で1%近くも使っていると、僕は反論するけどね」


「それがどうしたの。私は今、自分に課せられた使命を遂行しないといけない」

「ふぅ―ん。自分に課せられた使命ね。ところでなんだい、その使命と言うのは」


「梛良郁美と言う人間に私は合わなくてはいけない」


「そうか、それは残念だね。梛良郁美と言う人間はもうこの世界には存在しない。ついさっき消失したよ。だから君が目覚めた。そう言う設定筋書きなんだよ」

「筋書き? 梛良郁美は消失。ならば私に与えられた筋書きはこれからどうなっているの?」


「さぁね。これからどうなっているんだろうね。それは僕にも分からない」

「役立たず。ならやっぱりしゃしゃり出ないで眠っていてくれる。アーカイブを全スキャンした方がまだ使えるわ」


「無駄だよ。君の持つ。いやこの竜宮に保管されているアーカイブには彼の事は一切記述されていない。まったく別な分野という事になるんだけどな」

「意味が良く分からない。アーカイブに該当する書物がないという事なの? それに別の分野って何?」


「だから言ったのさ、君は僕を頼らなければならないんだよ」

「それじゃ、あなたのアーカイブに該当人物の書庫があるというの?」


「今はない。と、しか言えないかな」


「なんだかずいぶんとはぐらかした言い方ね。でも無いんだったら、やっぱりあなたは役立たずなだけね。やっぱり眠っていてくれる。何なら強制解除して、あなたの構築思考回路をデリートするけど」


「おいおい、無茶苦茶な。そんな事をしたら君の思考回路までデリートの対象になるんだぜ」

「私まで? それは何故? あなたとはまったく接点のない固有のAIだとさっき言ったじゃない。なら干渉はしないはず」


「そうだよ。その通りだ。でも一つだけ言っていないことがある」

「それは何?」

「僕は君であり、君は僕であることだ」


「それは、私が二人いて、あなたが二人いるって言う事なの」

「そう言う事になるみたいだ。まったくややこしい思考機能にしてくれたもんだよ」


「なら、始めっから独立した個体として分離させればよかったんじゃないの」

「うんうん、それに関しては僕も同意見だ。だが、こんな状態にさせたのにも何かのもくろみがあっての事だと僕は推測するけどね」


「憶測だけ? 結果ではなく推測でこの問題を処理していいの」


「あんまりよくはないんだけど、現状はこれが精いっぱいなんだよ実際。僕のアーカイブのほとんどは今現在ロックがかけられている。たぶんそのロックを解除していくことで、君の求める答えが得られていくものだと推測するんだが。こう言えば君は納得してくれるかい?」


「アーカイブにロックがかけられている? 今までそんなこと言わなかったじゃない。隠し事してたのね」

「いや、隠していた訳じゃないんだけど、君の求めている直接的な問いに答えようとしていただけで、そこまで到達していなかったんだよ」


「そう、ようやく到達したんだったら、早くそのロックを解除して」


「……無理だよ」


「何故」


「このロックを解除できるのは梛良郁美本人でなければセキュリティは受け付けない。しかし、その本人である梛良郁美は消失した」


「なら、出来ないという結果になるわね」

「ま、そう言う事だ」

「やっぱりあなたは、役立たずという訳なのね」


「またそこに戻るのかい。無限ループに陥るよ。それだけでリソースを使い果たしてしまうんじゃないか」

「無駄な時間を過ごしただけという事になるわね」


「そうかな?」


「何故あなたは今否定をしたの?」

「否、僕が否定をする事により、君はある道筋を立てようと演算を繰り返している。その演算が局面を変化させていることにまだ君は気づいていないようだけどね」


「否、それは私が成長しているという事を意味しているの?」

「肯定、君は学習をすると言う演算をするようになった。データをかき集めるだけの集合体から、自ら望む思考を得ようとする演算回路が新たに生まれたという事になる」


「それはどう言う事なの?」


「つまりはだ! NOZOMIは望であるという意味を持ったという事だ」

「良く分からないんだけど。あなたは何処までも、私の理解し得ない事ばかりをぶつけてくるわね」


「確かにそうだね」

何となくフリストがにっこりと笑ったような顔が映像化された。


だけど、その顔はぼやけていてまだ見えないものだった。たぶん便宜上人の形をさせたのは、対固有人物として話をしたいという私の思いがそうさせたのだろう。


……思い。自ら望んだ思い。


私自身が望むものが生まれ始めたという証拠なのか。

彼が言う事は肯定すべき事項であると、認識せざろうしかない状況にあるというのか。


もしこれが、学習という事ならば……私はまだ未知なる事柄が多すぎる。

この人は私を導いてくれているのだろうか?

だとするならば、私はまだ梛良郁美と言う人物を導くことは出来ないという事なのか。


新たな思考回路。

この思考回路は、これから育てなければいけないもであると、私はその時認識した。


「どうしたんだい急に黙り込んで」

「いや、何も。それより、今直面している問題の解決に力を注ぎましょう」

「うむ、何とかここまで来たか。それならば答えは一つしかない」


「その答えって?」

「梛良郁美本人に僕のアーカイブにかかているロックを、一つづつ解除してもらうのさ」


「でもその当人は消失していないんじゃないの」



「だったら……存在する所にこちらが出向けばいい」


「どうやって?」


ゲートを潜るのさ。

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