第二章 その十二 敗北

「悪いなぁ、狭い部屋でよ。」と新しいココアを手渡す新屋敷。神明ロード最強と言われる男、生で見るのは初めてだった。


「お名前は、ってか本名の方じゃ無くてニックネームの方だけど、聞いた事あります。」


美玲は盛大に床に溢れたココアを拭く新屋敷に言った。ここに来て何とも言えない恥ずかしさが込み上げる。私はこの男に裸を見られた、と言う事よりも、『この街最強の女がなす術なく男達に襲われている所を見られた事』に。


空手の大会で優勝する度に、挑んで来る喧嘩自慢達を撃退する度に、美玲はいつもこの男の名を聞かされてきた。


「それでもドワーフには敵わないだろう。」

「お前なんかドワーフ相手だったら瞬殺だ。」


強い女に対する嫉妬か負け惜しみか、ドワーフの名を聞かされる時はいつも決まって負の感情が混ざっている。いつしか美玲はまだ見ぬその『ドワーフ』に勝手なライバル心を抱くようになっていた。

そんな男に助けられた、情けない姿を見せてしまった。菜月とあの男達に対する怒りが常人とは違う角度で沸き上がる。


(・・・アイツらのせいで・・・!!)


「何で俺を睨んでんのよ。」


床を拭く手を止めて新屋敷が見つめている。美玲は無意識の内に新屋敷に憎悪の眼差しを送っていた。実際に憎悪の念を抱いた相手では無かったが。


「あ!・・・ごめんなさい。」


咄嗟に謝ってしまったが、何故か理不尽にも謝った自分にも腹が立つ。あまりに収拾がつかなくなってしまった自分の感情に美玲はいたたまれなくなって立ち上がった。


「ココア、ご馳走様でした。それと、今日はありがとうございました。お邪魔しました・・・帰ります。」


自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。美玲はつい1時間前に貞操と命の両方が危険にさらされたばかりだと言うのに、それよりも今はとにかくこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。


「おいおいおいおい!!待て待て待て待て!!あと1時間!ちょっと、あと1時間くらいはここに居ろって!!」


笑いながら新屋敷ご美玲の行く手を遮る。


「ったく落ち着けって!アンタその格好で帰る気かよ。ひゃっはっはっ!そんなんで帰ったら親御さん何かあったと思ってビックリすんだろ。待ってろって。今、下のコインランドリーでアンタの服と下着洗って乾かしてっから。いーからココアも飲み干せっての。俺は襲わねぇし。」


そう言って美玲の肩を掴んで再びベッドに座らせた。


「ごめんなぁ、とりあえずアンタここに運ぶ時一応服着せて来たんだけどさ、あーまーりにも返り血だらけでさ、そのまま着せて帰らす訳にも行かないから洗っちまったのよ。・・・あ、証拠になっちまうから着て帰ったら家で捨ててな。血って洗ってもちゃんとは取れないからさ。」


と、屈託の無い笑顔で話す新屋敷。確かにこの格好では父親は何事かと心配するだろう。美玲は新屋敷の気遣いと判断にありがたさとやはり説明出来ない悔しさを抱いた。


「・・・じゃあ、乾くまで、待ちます。・・・・・ん?・・・って事は、ちょっと!!!アンタ!つまり『一旦着せて、脱がせて、またこれを着せた』って事!!!?」


「あ。まぁ、そうだな。手足長いから超大変、だったけど。」


その新屋敷の言葉を聞き終わるのを待たず、美玲は瞬発的にその側頭部にハイキックを放った。が、いとも容易く避けられた。


「やっぱいいハイ撃つなぁ。でも身長低い俺にハイは無いだろ、避けられるって。次からは前蹴りな。ひゃっはっはっ!!」


男に襲われた事よりも、憧れの先輩に騙された事よりも、殺されかけた事よりも、美玲はこの瞬間に人生で初めての敗北感に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る