第二章 その十 背の低い男

高級マンションのリビング、


の壁にもたれる男の顔は最早原型を留めていなかった。数秒前まではこの国のサッカーファン全員が知っている有名選手であったはずだが、今や顔だけ見ると人間だったかどうかも疑わしい。


「何だお前!おいっっ!!!ぐ。」

「え?え?え?え?うぐっ。」

「ちょ!待って、ま。」

「いやいやいやいや!違う違う違うちが!」

「は!ん!ごめ。」


部屋に居たはずの男達の声が一つずつ消えて行く。すでに気を失っていた美玲はそれを確認する事は出来なかった。


「ちょ、ちょっとアンタ誰?!どやって入って来たの?」


菜月は悲鳴混じりに質問した。


「いや、このマンション、俺の知り合いも住んでるしよ。」


背の小さい、ずんぐりとした体型の男は菜月の顔も見ずに答える。男は足元に転がる下半身丸出しの男達の顔を順番に殴り潰していくのに忙しいようだ。


「違う!下じゃなくてこの部屋!玄関!どうやって入ったの?!アンタ誰よ!!」


男達の顔面を潰し終えた男は無言でキッチンの方へ行き、包丁を手に戻ってきた。「ヒッ」と息を飲む菜月を一瞥し、


「玄関はねぇ、ブッ壊した。」


と答え、男は次に顔面を潰し終わった男達の局部を包丁で切り取り始めた。


それを見て悲鳴を上げ玄関に走る菜月。しかし背の低い男はその体型からは想像も出来ない速さで動き、一瞬で菜月の髪を掴みリビング内に投げ戻した。


「何が『キャー』だ馬鹿。てめえらこの娘にもっとエグい事しようとしてたろ。俺、嫌いなんだよお前らみたいな奴ら。」


菜月は震えた。文字通り全身がガタガタと震えていた。目の前に立つ自分より身長の小さい男は全身に返り血を浴び、今切り取った男の陰茎をそっと自分に手渡してきている。


満面の笑顔で。


恐怖とはこういう事か。一体この男は何者なのか。自分は呼んでいない、この高級マンションのセキュリティはどうなっているんだ。玄関を壊した?あの分厚いドアを?菜月は血塗れの陰茎を次々に手に乗せられながら思った。

6本目のそれを手の平に乗せ終えた男は笑顔で菜月に話しかけた。


「お前だろ?この娘の事ネットに書いて煽ったの。」


笑顔の男はタバコに火を着け続ける。


「何が気に入らねぇか理解出来んけどさ。この娘悪く無いだろ。やだねぇ、女のジェラシーって。」


「・・・アタシ、悪くないもん、アタシは何にもしてないもん。・・・あの娘が調子に、」


「うるせえな」と男は菜月の顔に煙を吐きかける。


「お前の言い分は理解出来んけど、頭が悪いのは間違い無ぇなぁ。ネットでレイプ魔集めて煽って、挙句殺すつもりだったってんだろ?お前が死体の処理頼んだヤツ、俺の先輩でよ。流石に目に余るってんで俺んトコに連絡来たんだわ。ったくギリギリで連絡来たからちょっと遅くなって焦ったよ。」


(あのクソ野郎!!)


菜月は怒りを覚えた。美玲を罠に嵌めて殺して、後は麗華の事件の同一犯の犯行に見せかけて遺棄する予定だった。インターネットの掲示板で頭のおかしい性欲狂いの男達を集めて、彼氏であるサッカー選手のこの部屋で輪姦して、後は知人に紹介されたギャングの男に死体を始末させるつもりだった。その為に金も用意したし、抱かせてもやった。それなのに、裏切った?アタシとヤるだけヤッて裏切った?


「ふざけんな!!!!」


血塗れの陰茎6本を投げつけ、菜月は絶叫した。しかし、


「こっちの台詞だ馬鹿。」


言葉を遮るように男の拳が菜月の顔面に突き刺さった。


「こんな非道い事するヤツ、男とか女とか関係無いよねぇ。」


そう言うと男は菜月の鼻から流れる血でタバコを揉み消した。

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