第二章 その六 責任者の居ない軍隊

麗華の事件から半年が過ぎ、テレビや週刊誌など表面上の報道は沈静化してきた。人気お笑い芸人の電撃結婚と、ある政治家の自殺の報道が麗華の事件を見事に塗りつぶし、世間はぼんやりと興味を失っていった。残されたのは遺族の無念と美玲に対する悪意だけだった。


事件の捜査は全く進展していなかった。ヂーミンが何度警察に問うても、「何かご報告出来る段階になりましたらご連絡します。」と言う返答ばかりが繰り返された。エミリは変わらず部屋に篭り、家族とのまともな会話も無くなっていた。


その頃インターネットの匿名掲示板は『お高くとまる冷酷な姉を叩くスレッドばかり』という異様な状態に変貌していた。麗華の事件が発端であったはずなのに公の報道が無くなった事も手伝い、そこには既に事件や被害者の事はほとんど触れられず、本来憎むべき犯人を攻撃する言葉も残っていなかった。ただただ、


「あの姉はクズ。」


「アイツが殺されれば良かった。」


と言った言葉が羅列されていた。現実社会で鬱憤を募らせた者共が咎める者が居ない架空の社会で自由気ままに暴れ続けていた。悲劇から始まった賑わいの集いに最後まで残るのは大抵悲劇を笑う精神構造の持ち主達なのだ。


自身の不満を微小化出来ると勘違いした者共はその手段として他人の不幸を嗤う。叩き蔑む対象を見つけ、実世界では曝け出せない攻撃的な欲望をぶつけ続け、現実では絶対になれない『勝者の感覚』を体感したがる。しかし彼らも内心は気付いているのだ、『その勝利は現実では無い』と言う事に。


いくら悪意をぶつけても、欲望を吐き続けても、現実世界を生きる美玲には届かず響かない。仮想空間でも勝者になれない彼らの次の行動は結果的にありきたりなものなる。それは、


『同じような連中で徒党を組む』


というものだ。つまりは負けっぱなしの者共が軍団を結成して、イジメっ子グループの気分に浸ろうとする図式だ。

他を隔絶した曲がった悪意は曲がっている故に絡み合い、その起源すら見えない程の黒い塊となってしまう。やがてその責任者の居ない軍隊は『何となく全員の総意』と言うあいまいなまま愚かな結論を導き出した。


「あの姉も同じ目に遭わせてやろう。」

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