第4話

 


  集団のなかで誰かひとり憎まれ役がいると、その人々は団結し仲よくなれるのだと、悲しいことに私は自分の家族から学んだ。


 貶めていい存在。

 痛めつけていい存在。

 蔑んでいい存在。


 そういう者をひとり作ることで、集団の絆は深まり、争いごとの無い関係を築きやすくなる。



 決してそれが家族の正しい姿ではないのだろうが、私の家は、そうやって私を憎まれ役にすることでしか均衡を保てなかったのだと、今では理解している。


 たとえいびつな形でも、家族に私は必要とされているのだと思うようにして、辛い気持ちには蓋をした。


 頑張っていれば、いつか家族が私を認めてくれるかもしれない。私がどれだけ家族の役にたつかを理解して、もっと必要としてくれるかもしれない。

 そう、たとえ感情のゴミ捨て場なのだとしても、私は家族にとってなくてはならない存在のはずなのだと思うようにして自分を慰めた。



 家族に認められたいという欲求をひたすら追い求めるように、私は勉強も家の仕事も必死に頑張った。


 でも、その努力も多分無駄だったんだろう。


 両親は私を見ると、悪いところを探して文句を言うことしかしないし、成長した今では、妹のレーラがどれだけ私と違って素晴らしいかを比較するためだけの存在でしかないようだった。



 チリチリと嫉妬が胸を焦がす。

 レーラは可愛がられて育った分、努力というものを知らない。勉強も苦手なので、よく私が代わりに学校の課題などをやらされた。


 今日の祭りの衣装も、本当は自分が着るものは女衆の修業の一環として自分で縫わなくてはならないのに、苦手だからという理由だけで私が全て作ることになった。


 私自身は祭りに娘として参加させてもらえたことなどないのに。

 なんやかんやと理由をつけて、私は毎年祭りに踊り子の娘として出させてもらえなかった。

 レーラがまだ着られないのに、私だけが綺麗な衣装を着て祭りに参加すれば羨ましがるから。そんな理由で。



 私は一度もあの衣装を身に付けることなく独身を終えるのだと思うと、今まで感じないようにしていた嫉妬心が胸を焦がした。


 でも、嫉妬を感じるだけ自分が辛くなるのが分かっている。


 意地でも辛いなんて思わない、嫉妬で無様な姿をさらすなんて絶対にしない。そう思うことだけが、私を支える矜持だった。









 ***



 久しぶりに子どもの頃の夢をみてしまったせいで、寝起きは最悪だった。

 昨日、立ち聞きしてしまったラウの言葉を思い出し、さらに暗澹たる気持ちになる。


 目が覚めてしまったことだし、開店時間にはまだ早いがラウの店に向かう。



 ラウの家は輸入品を扱う卸問屋で、町では本業と別にラウのおかあさんが雑貨店を営んでいる。

 この町で一番大きな商店だ。


 ラウのお父さんは一年のほとんどを買い付けの仕事で国内外を回っているので、問屋の在庫管理や入出荷、そして雑貨店の経営を、おかあさんとラウの二人で担っている。仕事があまりにも忙しいため、以前はお手伝い程度だった私も、今では完全な従業員として毎日働いている。



 店につくともうラウのお母さんが店の前を掃除していた。


「お義母さん、おはようございます。あの、ラウはまだ寝ていますか……?」


「あら!ディアちゃん!ずいぶんと早いのね!昨日は大変だったんだから、もっとゆっくりでよかったのに。ラウは明け方帰ってきたからこれから寝るとこよ~いやあね、あの子今日は使い物にならないわ」


 店先でお義母さんと話していると、声が聞こえたのかラウが顔をのぞかせた。


「ああ、ディア。なんだよこんな朝早くから。店手伝いに来たのか?」


「うん……あの、ちょっと話いい?ねえ、結婚式のことなんだけど……本当にこのまま進めても……平気?」


 昨日のラウの発言を立ち聞きしていたとはいえず、遠まわしにこの結婚を後悔していないかと聞いてみた。


「は?細かい段取りは全部お前に任せてあるだろ。俺はそういうのよくわかんねーから、ディアの好きなようにすればいいだろ」


「いや、そうじゃなくって……あの、私でいいのかなって……」


 ラウはとくに変わった様子もなく、私と話をしている。でも、今更言いだせないだけで本当は私と話をするのも厭わしいのだろうか。


 “つまらなそうな顔”


 昨日、ラウが言っていた言葉が蘇って胸がズキンと痛む。ラウはそんな私を訝しげに見ていたが、お義母さんがそんな彼を引っぱたいた。


「もう!またそんな言い方して!今からそんなんじゃディアちゃんに愛想つかされちゃうわよ!こんないいお嫁さん、ほかにいないんだから、大事にしなきゃだめよ~」


 バシバシとラウは背中を叩かれて、困ったように苦笑いしている。


「分かってるよ。でも俺たちは長い付き合いなんだからこれでいーんだよ。な、ディア」


「あ……うん」


 このままでいいのだろうか。ラウはこれでいいのだろうか。昨日言った言葉は本心じゃないってことなのだろうか。

 私の表情が晴れないのが気になったのか、ラウはフォローするように私に言った。


「結婚式……主役は花嫁なんだからさ、ディアがしたいようにすればいいだろ?よくわかんないけどさ、女にとっては一生に一度の大事な晴れ舞台だっていうから、お前が納得いくように決めていいよ。心配しなくても、あとから文句なんか言わねーから」


 思いのほか、優しい声でラウは言う。私はこっくりと頷いて、たくさんの言いたかった言葉を飲み込んだ。


 きっとこれでいいんだ。昨日はきっと男同士で飲んで、愚痴を言ってみたいだけだったんだ。この結婚を望んでくれたお義母さんのためにも、昨日のことを下手に掘り返してギクシャクしないほうがいい。


 じゃあ寝るわ、というラウを見送って、モヤモヤする気持ちを振り切るように、私はいつもより張り切ってお義母さんと一緒に開店の準備をする。

 お義母さんは仕事には厳しいが、親切で優しい人だ。人として尊敬している。


 もとはと言えば、このラウのお母さんを助けたのがきっかけで、私はラウの婚約者になったのだ。



 



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