第3話


***



 妹のレーラとは半分しか血がつながっていない。


 私の実の母親がなくなったあと、後妻にはいってくれた継母と父の間に生まれたのが、レーラだ。


 両親の愛情を一身に受けて、天使のように可愛く育った妹。私はいつもこの天真爛漫な妹が羨ましかった。



 継母は、父と結婚した当初は幼い私をとてもかわいがってくれた。私も優しくしてくれる新しい母にとても懐いていた記憶があるが、いつの頃からか私と継母は上手くいかなくなってしまった。


 その原因のひとつはやはりレーラが生まれたことだと思う。

みんなに祝福されて生まれた妹は赤子の時からとても可愛らしく、両親の関心は全てレーラにむかっていっていた。


 私はその頃、幼いながらも自分の立場というものを理解していて、前妻の子である私は両親にとって扱いにくい存在であると、なんとなく分かってしまった。だから寂しいからと言って我儘を言ったりしなかったし、できるだけ継母の役に立とうと努力していたつもりだった。



 だが、その頃ちょうど父の仕事が上手くいっておらず、イライラした父が母に八つ当たりをするのをよく目にした。家の中はギスギスした雰囲気で、赤ん坊だったレーラもよく夜泣きをしていた。




 ある時、居間のソファで母がレーラを抱っこしたまま寝入ってしまっていた。

 それをみた私は、私は疲れた様子の母になにかしてあげたいと思って、寝ている二人にそっとブランケットをかけてあげた。


 ところが、ブランケットをかけた時に腕が当たったのか、寝ていたレーラが起きて泣き出してしまったのだ。寝ていた母も驚いたように目を覚まし、火のついたように泣くレーラと、慌てる私を見ていきなり私の頬を引っぱたいた。


「ようやく寝かしつけたところだったのに!なんで起こすのよ!アンタはホント余計なことばっかりしてっ!なんなの!?嫌がらせのつもり?!」


「ち、違うっ、ごめんなさい。起こすつもりじゃなくて……」


 大騒ぎしている声が聞こえたのか、書斎から父が顔をしかめながら現れた。


「うるさいぞ!なにを騒いでいる!レーラが泣いているじゃないか!泣き止ませろ!」


「ディアがレーラを起こして泣かせたのよ!せっかく寝付いたところだったのに!」


 母がそう叫ぶと、父は無言のまま私を殴り飛ばした。

 父は、床に叩きつけられ鼻血を流す私をみて溜飲が下がったのか、母に『かしてみろ』と言ってレーラを抱き、あやし始めた。


 父に抱っこされたレーラはすぐに泣きやみ、キャッキャと笑ったので、父と母はその様子をみて二人ともほっとしたように笑顔になっていた。


 床に座り込む私には目もくれない。それが少しだけ悲しくて、顔や床にぶつけた肩が痛かったが、いつもギスギスしていた父と母がひさしぶりに笑顔でいるところを見られたので、私は嬉しい気持ちになっていた。


両親が笑顔になってくれるなら、ちょっと痛いくらいなんてことない。そう思って、私はそっと自分の鼻血を拭った。


***




 この出来事をきっかけに、家族の雰囲気は変わっていった。

 父と母はあまりケンカをしなくなり、いつも辛そうだった母はよく笑うようになっていた。レーラもだんだん夜泣きをしなくなり、どんどん可愛く育っていく姿を見て、両親はいつも嬉しそうに二人でレーラを構って、幸せそうに微笑みあうようになった。



 それに反比例するように、父や母の私に対する風当たりは強くなっていった。


 たとえばカトラリーの使い方ひとつでも、少しでも間違うと手がはれ上がるまでぶたれたりした。レーラが悪戯して壁を汚してしまった時なども、ちゃんと妹をみていなかったと言われ、お仕置きとして外に締め出されたりもした。


 特に父がイライラしている時など、歩く音がうるさいなどの些細なことでぶたれたりする。だから怒られないように必死に言われたことを頑張っていい子でいようとしたが、どれだけ努力しようとも、私が怒られる回数は減る事は無かった。


 私が怒られお仕置きをされるほど、父と母の仲は良くなっていくようだった。


 レーラが大きくなるにつれ、それは顕著になり、レーラがなにか悪いことをしてしまった時や粗相をしたときは、父と母はレーラに対する怒りを私へと向けた。



 父の事業は上向いてきたといってもまだまだ軌道に乗ったとはいいがたく、仕事のことでイライラしていることもあった。

 母も、レーラの夜泣きが減って少し楽になったといっても、ちょっとしたことで泣き止まなくなったりして、疲れた顔をしているときも多かった。

 

 そういう時は決まって、私は細かいことで激しく叱責され、きつい仕置きを受けるのだ。

 

 イライラした気持ちややり場のない怒りとかをぶつける相手が、家族のなかでいつのまにか私の役割になっていたのだ。

 


父も母も、怒鳴ったり叩いたり、怒りをひとしきり私にぶつけると、気持ちが落ちついて、お互いやレーラには感情的にならずに笑顔で接することができるらしい。

 

 そうやって私の家族は平和で明るくて、ケンカなどない幸せな家庭になっていった。


 私を除いた、父と母とレーラは、理想的な完璧な家族にみえた。家族の平和が保たれるように、怒りや不満といった良くない感情は私にぶつけ、処理する。そうすることで家族は笑顔でいられる。


 色々な不都合のはけ口となることが、家の中における私の役割であり、私の立ち位置なのだと、幼いころに漠然と理解した。



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