第35話 青年の話

「飯食うかい?」

 男がコンビニ袋を差し出す。中にパンや唐揚げが入っている。

「遠慮しとくよ」

 俊一は雛子がベッドの上で眠ってしまったのを確かめてから、返事をした。

「あの、名前聞いてもいい?」

西園寺公明さいおんじ きみあきだよ」

 男がパソコンのマウスをいじりながら答える。

「西園寺くんは、ここに二ヶ月くらい住んでるって言ってたけど」

「まぁね」

「その前はどこに住んでたの? 家出して長いの?」

「高校辞めていま六年経ってるね。家出期間もそんくらい」

「親とか大丈夫なの?」

 俊一は、少しずつ気になることを質問していく。西園寺と名乗る青年も、聞く分には色々と答えてくれた。

「捜索願い出されてるよ俺。ずっと行方不明のままだ」

「見つからないんだ」

「探す人いないからね。親も忘れてるよ。住む場所困らないし、便利だよ。君もやってみる?」

「こういう部屋はどうやって見つけるの」

 俊一は好奇心で尋ねた。西園寺と名乗る青年は、自分のことを聞かれて得意げになったのか、パソコン画面から目を離して、教えてくれた。

「どこにでもあるよ。空き家にも色々あって、ちょくちょく管理されてるところは人が来るからまずいね。ここは入り口が塞がってるだろ? 分かりやすい目印だ。使えって言ってるようなもんさ。ここみたいに不要になった家なんて、たいていは放ったらかしさ。取り壊すのに金かかるからね。役所も全部把握出来てないし。無駄に作りすぎたんだよ。この国は阿呆だから、人が増えてるときに作りすぎたんだ。これからもっと空き家は増えるよ。そしたら俺のように自由に町を転々とする連中が出てくる。気が楽だからね」

 椅子を回して、青年がこちらに向き直る。

「さっきも言ったけどさ、ネット環境なんてWifiをハッキングすればタダ乗り出来るし、生活費は海外サイト立ち上げて、適当に日本の情報発信してりゃ稼げるよ。翻訳出来りゃ食うに困らないからさ。口座持てなくても、仮想通貨でくれるところだってある」

 青年は家出して、いかに身元をばらさずに生活を続けていけるかを延々と語って聞かせてくれる。俊一には、あまり魅力的な生活には思えなかったが、自由そうだとは思った。

「税金納めなくてもいいんだぜ」

 青年が嬉しそうに言った。

「昔の話するとな、国家は農民に税金をかけてたんだ。土地持ってると逃げないから農民からぶん取ってた。反対に町をぶらぶら渡り歩く商人からはなかなか税金取れないだろ、だからいかに国民を政府の管理下に置くかが、お役所どもの共通の課題だったんだ。それで戦後になって、借金させて家買わせて、会社が代わりにさ、税金取ってくれるような仕組みを考えたんだ。管理しやすいように。税金は一部の貴族たちが遊ぶために使うだろ。だから俺たちはさ、奴らの下に置かれないために、うまく立ち回らないと行けないんだ。貴族たちの栄養分になるなんて、まっぴらごめんさ」

「僕には出来そうにない生き方だ」

 俊一が言った。青年が首を傾げる。

「どうして? 二人でも生きていけるよ?」

「英語ができないし」

「やり方は色々さ。チケット買って売るでもいいし」

「合わないかな」

 それを聞いて青年はため息を漏らした。

「そう。なら、別にいいや。つまらん生き方選ぶんだな。俺は間抜けな社畜生活はごめんだけどね。最低限の生活さえ出来れば、ネットしてゲームして、好きに生きるけど」

 西園寺と名乗る青年が冷たく言い放つ。青年は再びパソコンに向き直ると、ゾンビになって戦うオンラインゲームを始めてしまった。

「まぁ、ここには数日はおいてやるけどさ、その後はどっか行ってくれよな。行き先なんてないだろうけど」

「助かるよ」

「でもさ、まじめな話、顔バレしてんだぜ。どうするか知らないけどさ」

「うん」

 低めの天井をじっと眺めつつ、俊一は相づちを打った。

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