第15話 捜索②

 村越は相方の若手警官とともに、事件の起きたアパート付近をたむろっていた。ホシの男と親しい仲の人物はほとんどおらず、男は交流関係が希薄で、社会的にも孤立気味だったことが明らかになってきた。アルバイト先の書店員に話を聞いたところ、みな口をそろえて、犯罪を犯すようなタイプの人間には、見えなかったと証言している。ただ男にはやけに正義感の強い側面があり、何度か客と喧嘩したことがあると、店長が話していた。

 村越はコンビニ前の灰皿の横で、マルボロをくわえ、唇の隙間から煙を吐き出しながら、相方の警官へ向けてぼんやりと話しかけた。

「意思の強さってのが大事だと思うんだよ上田」

「意思の強さですか?」

 交通課の上田が、尋ね返す。制服を着ていなくても姿勢の良さは人一倍きっちりしている。

「そうだ。つまりな、俺はなんとしてもこの煙草を吸い続けるんだって確固たる意思を持ってる奴が、禁煙なんてする必要はねえと、そう思うんだ。でもよ、辞めたいなと思ってんのに、いつまでもズルズル吸い続けてしまう奴は、意思が弱いと思わないか?」

 村越の手にはコンビニで買った煙草の箱が握られている。中にはぎっしりと煙草が詰まっていた。

「つまり村越刑事は、禁煙しようと思っているのに辞められないということでしょうか」

「そうだな。ドクターは辞めろと言ってる。俺ももう五十五になるんだ。若い頃は無茶したけどよ、ガタがきてるかなって自覚はある。あと刑事って呼ぶのは辞めろ。なんのために普段着になって捜査してると思ってるんだ。村越さんで構わんから」

「承知しました」

「俺はおまえに、若さを期待してるんだ。俺の足りないところは、おまえにカバーして欲しいと思ってる。捜査のやり方については、俺に任せて欲しいけどよ」

「もちろんです。私に出来ることならなんでも言って下さい。死力を尽くします」

 力のこもった返事がある。村越は眉尻を下げて続けた。

「そんな肩肘張るなよ。すぐバテちまうぞ。でな、お前さんの意見を聞きたいんだけどよ、正直おかしいとおもわねえか。この事件」

「おかしい、といいますと?」

「誘拐っていったら普通、自分が住んでる町から離れたところでやるもんだろ。隣の家の人間を連れ去ったら帰る場所に困っちまうじゃねえか。身元だってすぐバレる」

「確かに。後々のことを考えると、そうですね。しかし隣に住んでいた顔見知りだからこそ、誘拐したい衝動に駆られたとも考えられます。現に連れ去ったのは事実です」

「んなこた分かってる。理由なんざ捕まえてから吐かせるのが一番だ。でもよ、上田も現場にいて引っかかりを覚えなかったか?」

「引っかかりですか。どうでしょう、それは」

 明確な返答ができずに、上田は言葉を詰まらせる。それを見て村越が付け加えた。

「この引っかかりの謎がもしかしたら、逃走している男を捕まえる鍵になるかも知れない。俺はそう睨んでいるんだ」

 村越が自らの推測を口にしたそのとき、ズボンのポケットに入れてあった携帯電話がせわしなく震え出した。

「はい。こちら村越」

 素早く電話をとる。

「ええ、そうですか。どこに。ああ、なるほど。了解です。いったん戻りましょうか。分かりました。ええ」

 電話をふたたびポケットに戻して、相方に話の内容を伝えた。

「見つかったってよ」

「捕まえたんですか」

 上田が興奮気味に返す。村越がそれをすぐに否定した。

「そううまく行けば苦労はねえよ。いたことが分かったって連絡だ。東京にな」

「女の子は無事なんですか」

「一応はな。少なくとも三時間前までは。と言うわけだ。俺らもいったん本部に戻るぞ。ここにいてもホシは戻ってきそうにねえからよ」

 村越と上田はもと来た道を、急いで引き返して行った。

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