根回し

 安達泰盛は天下無双の馬の名手だった。厩舎から馬を連れ出したらまず障害物を越える所を見る。するとひらりと飛び越えていたら「この馬は気性が荒い」と言って、鞍を他の馬に換えさせた。

 また、足を伸ばして障害物につまずく馬がいると「この馬は運動神経が鈍くて、過ちが起きる」と言って乗ることはなかった。


 弓馬の道を知らない人は、こういった事を恐れないだろう。


 ――徒然草 百八十五段






 月日は流れ、小野大進と一触即発状態になった時から一カ月がたった。


「お、五郎五郎! こっちだこっち」


「今日は何かあったのか?」


「ふふふ、仕事終わりの酒こそ人生の喜びだ」


「お! 酒か! 酒が手に入ったのか!」


 二人は御恩のある法眼の前で争うことはしなかった。


 しかし何かと勝負をするようになった。


 銭稼ぎで勝負したり、流鏑馬対決をしたり、しまいには飲み比べ対決をした。


 今ではすっかり飲み仲間になっていた。


「ところで五郎は上訴できそうか?」


「いやまだだ、やっと一張羅を手に入れたばかりだ。そう言うそっちはどうなんだ?」


「まったくダメだ。仕官しようにも取り付く島もない」


「このまま武功を認められないのなら……出家するしかないか」


「ふん、鎌倉殿の役人に何を言っても武功を理解してはくれんだろうな。某は去年の合戦での武勇を理解してくれる御仁に仕えたいのだよ」


「そうするとそろそろ旅立つのか?」


「お主が出家するのを見届けてから、鎌倉を出て牢人生活よ」


 小野大進はあの合戦で弓兵として戦っていた。


 あの日、重騎兵が垣楯を突破したとき、死に物狂いで矢を射っていた。


 鎚矛に兜を吹き飛ばされ、その衝撃で一瞬失神してしまった。


 数で勝る敵に死を覚悟したとき、敵将が射られて引き上げたので事なきを得た。


 だが戦ったことを称賛されるどころか、敵に突破されたことを非難された。


 さらに首を痛めた程度では手負いとは言えない。


 彼は気の長いほうではないので、早々に出て行って鎌倉まで仕官しに来たのだった


「ふん、言ってろ。必ず武功を認めてもらうからな」


「がはは、期待せずに待っていてやるわ」







 そんなある日、五郎はムツに呼び出された。


「お主が阿蘇山で馬の良し悪しを述べてたじゃろ。あれを言ったのは安達泰盛殿じゃ」


「それは本当か!? なぜ知っているんだ?」


「うむ、この昨日のことじゃが鎌倉武士の武勇伝を収集していた又二郎が教えてもっらったのじゃ」


 又二郎は再度合流した後は鎌倉の市場で銭稼ぎと見聞の収集をしていた。


「そうか父上は安達殿の話を聞いていたんだな」


「感慨に耽るのはあとじゃ。この安達殿は恩賞奉行でもあり、去年の合戦の恩賞を決めておるのじゃ」


「それはつまり安達殿に合うことさえできれば――」


「お主の言う勲功を認めてもらえる可能性がある――かもしれんのう」


「よし、そうと分かればさっそく安達殿に会いに行ってくる!」


「まてまて! ただ闇雲に行ってきてもまた門前払いじゃぞ」


「それもそうだな、どうしたものか……」


「それなのじゃが、ここは法眼様に取り持ってもらうのはどうじゃろうか?」


「法眼様に?」


「うむ、高名な法眼様なら役人より上の者に話を通すことができるやもしれん」


「いや、今もご厚意に甘えているのにこれ以上は……」


「ええい、恩を仇で返すのなら問題じゃろう。しかし恩を徳で返せばむしろ称賛されるじゃろうて」


「恩を徳?」


「つまり、一旗揚げた暁には寺院を建てて今までの恩を感謝の行動で返せばよいのじゃ」


「なるほど、確かにお主の言うとおりだ。よしさっそく法眼様に相談しに行こう」




 二人は法眼と面会した。


「なるほどなるほど、わたくしが恩賞奉行安達様と竹崎季長殿を面会できるようにすればいいのですね」


「はい、誠に勝手なお願いでありますが、他に頼れる方もおりませんのでよろしくお願いします」


「わかりました。多少時間がかかると思いますが私の方からも聞いてみましょう」


「それは誠ですか! かたじけないことです!」


「いえいえ、わたくしで宜しければいつでもお力添えをいたしましょう」


 五郎は少しだけ前に進めそうだと安堵した。


「五郎よ妾も少々、話したいことがあるから五郎は先に帰っておくれ」


「なにかあるのか?」


「ちょっとした”お布施”じゃよ」


「そうか、それでは先に失礼する」





「はて、それでお布施というのは何でしょうか?」


「なに政治というのは妾は不得意じゃが、いろいろ入用と思ってのぅ」


 そう言って懐から大粒の金をみせた。


「ほぅ、これはこれは確かに日々のお布施だけでは口利きは難しいと思いましたが…………えぇえぇ、これなら来月には時間を都合できるでしょう」


 そう言って法眼は金の粒を受け取る。


「ところでもしかして貴女が竹崎郷に住む”人徳の五郎”さんですか?」


 法眼は品定めをするようにムツを見る。


「ふむ、五郎が近隣の農民たちに好かれているのは事実じゃが一体何のこと判らんのぅ」


「なるほどなるほど、そう言うことにしておきましょう。ふふふふ」


「ほほほほ」


 笑い合う二人。


 この法眼という男の表面は人徳のある僧侶となっている。


 しかし裏の顔は鎌倉の高僧たちからの密命で肥後国の武士たちの動向を調べていた。


 その調査の時に竹崎郷に周辺の村々にタダ同然で薬を売り歩く人徳のある御家人、「竹崎の五郎」という人物の報が耳に入ってきた。


 だが調べれば調べるほど本人は無足の身でしかも一日中鍛錬に明け暮れるまさに武士そのものでしかなかった。


 不思議に思いながらも片隅に留めておいた。


 そして去年の合戦の影響を報告するために鎌倉まで足を運んだところ――当の本人と会うことができた。


 疑惑の真相を得られるかもしれないと思い宿を提供したのだった。


 法眼はついに竹崎のカラクリに気が付いた。


 ――竹崎の後ろに話のわかる商人がいる。


 法眼は彼を後押しするほうが九国での勢力の拡大と地固めに利用できる、そう上に報告することにした。



 そして一月後、五郎は安達邸で泰盛と会うことができた。


 ――――――――――

 なぜ五郎が安達泰盛に出会えたのかは永遠の謎です。

 通説では竹崎季長は実に多くの人物と接点があり、そのどれかの人脈によって面会がかなったと言われています。

 本小説では晩年にお寺二つと神社一つを建てていることから高僧経由で面会が叶ったということにしました。

 というより鎌倉に来て1から人脈を構築したということにしないと二か月の滞在が異常に長いものになるのでこうなりました。

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