鎌倉の僧侶

 鎌倉に着いた。


 五郎は荘厳な鶴岡八幡宮に参拝することにした。


 この時代にも参拝のための手本が存在する。


 まず穢れを払うためにお清めが必要だ。


 五郎は鎌倉に着いたその足で由比ヶ浜へと向かった。


 すると浜には大きな釜があり、海水を煮ている。


 この塩湯で体を清めるのだった。


「うおぉぉぉぉ!!」

「はあぁぁぁぁ!!」

「ふんぬぅぅぅ!!」


 五郎が浜辺で塩湯を浴びる。


 身体を清めたいの五郎だけではない。


 去年の合戦をくぐり抜けてきた<島国>中の猛者たち、つまり筋肉隆々のゴリラたちが何十人も由比ヶ浜に集い塩湯を浴びていた。


 釜を囲うように塩湯を浴びているので肩やひじがぶつかり合う。


 五郎はその武士たちの中の虎髭の男とぶつかり、目が合う。


「ああん? 何か用かオイ!」と不機嫌そうに言ってきた。


「別にお前に用などない。拙者は忙しいので失礼する」と五郎はすかさず鶴岡八幡宮へと赴く。


 大通りを歩く五郎。


 そこへ由比ヶ浜にいた虎髭の武士が早歩きで「ふん!」と鼻から息を吐きながら追い越していく。


「…………」


 それを良しとしないのが鎌倉武士、五郎は競歩のように早く歩き去り際に「ふっ」と冷笑して追い越す。


「なっ!」


 みるみる顔を真っ赤にさせた虎髭は駆け足で「ふははっ」と笑いながら過ぎ去っていく。


「うおぉぉぉぉ!」


 すかさず五郎は猛烈な勢いで大通りを走り抜ける。


「ぬおぉぉぉぉ!」


 負けじと虎髭が走る。


 だがこれは二人だけの問題ではなかった。


 鎌倉までわざわざ上訴しに来た荒くれ者たち数十名。


 全員がこぞって大通りを駆け抜ける。


「おっかー今日も走ってるよ」

「しっ見てはダメよ」


 人口十万に達する大都市鎌倉には様々な人々の営みがある。


 その鎌倉で成り上りたい御家人たちが熾烈な競争を繰り広げている。


 それが朝の風物詩と化していた。




 ゴリラたちは鶴岡八幡宮、あるいは黄金色に輝く大仏に手を合わせて祈る。


「なむあびだぶ、なーむあびだぶつ。南無阿弥陀仏!」

「我が願いを聞き届けたもうぅぅ!!」


 彼らは皆一心に祈りを捧げる。


 五郎も鶴岡八幡宮を崇敬していた源頼朝にあやかって布施をした。


 そして各々が幕府の奉行所に訴えに行く。


「うおぉぉぉぉ!」

「ぬおぉぉぉぉ!」


 五郎はまたも虎髭と張り合いながら奉行所に駆け込む。




 そして――。




 門前払いされた。









「いや、当たり前なのじゃ! いきなり奉行所に駆け込む奴がおるか!」


 ムツはこのようなゴリラたちの意地の張り合いに巻き込まれたくなかったので先に宿を確保していた。


 又二郎は別行動中で今はいない。


「むむむ、何か後れを取ったら負けのような気がして――しかしまったく話を聞いてくれないとは……」


 深くため息をつくムツ。


「それなのじゃが、この身なりが問題だとおもうんじゃ」


「身なりか、たしかにこれでは山賊が山から下りてきたようなものだな」


 五郎たちはこの二カ月の旅で見た目は貧乏人のそれでしかなかった。


 六月から八月というのはただでさえ湿気で傷みやすい上に大嵐や夕立の起きやすい季節。


 五郎は腰の刀(刀身はない)がなければ武士だと気づかないほど貧相になっていた。


「しかし路銀も底を尽きかけているから服を手に入れるのも難しいな」


「困ったのじゃ、流石に元手が無いと金稼ぎはできんしのぅ」


 まず必要なのは銭を稼ぐこと。


 翌日からは当初の目的とは別に銭稼ぎをすることになった。




 ――三日後。




 十万も人が住めば日雇いの仕事ぐらいならいくらでも見つかる。


 しかし日雇いでは雀の涙程度の銭しか得られない。


 宿代を差し引くと食つなぐことしかできなかった。


「どうしたものか」

「どうしたもんかのぅ」


 夕焼け色に染まった鎌倉の境内で黄昏る二人。


 風と共に時間だけが静かに過ぎ去っていく。


「おや、これはこれはお若いのがお二人してどうかしましたか」


 そんな二人に声をかけたのは初老の僧侶だった。


 さすがに縁もゆかりもない見ず知らずの僧侶に身の上相談をするのは武士として如何なものか?


 五郎は少し困った。


「これはこれは失礼しました。わたくし名を法眼といいます」


 名を知って五郎は感づいた。


「もしや岡の法眼殿ですか。拙者は肥後の国、竹崎郷の五郎といいます」


 それは竹崎を出発する時に会うべきか迷った高僧だった。


「これはこれは……どこか見たことがある顔と思ったら菊池家の若殿でしたか」


 法眼は幼いころの五郎と重なるとおもい声をかけたのだった。


 彼は鎌倉まで来たということは何か事情があるのだろうと察する。


「これも何かの縁でしょう。もしよろしければわたくしが泊っている寺院にて話を伺いましょう」


「どうするのじゃ?」


「そうだな、法眼殿は信頼のおける御仁。相談すれば何か知恵を授けてくれるかもしれない」


 そう言うとムツは納得してくれた。







 ――とある寺院の離れ。


「ほぅ、それはそれは大変な旅でしたね」


 五郎たちは去年の合戦から今日までの出来事をかいつまんで話した。


 法眼はよき縁は書き留めておくべきといい、紙に書きながら話を聞いていた。


「それでしたらわたくしから資金を貸しましょうか」


「いえ、お布施を出してこそ意味があるのであって、施しを頂いては意味がありません。ご厚意に感謝します」


「ほっほっほ、実にいい心がけです。しかし見て見ぬふりをするのは仏の道に背くこと。ここはどうでしょう、この離れをお貸しするのと五郎さんに合った仕事を探すお手伝いをしましょう。そのぐらいでしたら問題ないでしょう?」


「本当ですか! あ、いやしかし……」


「五郎、ここは法眼様の顔を立てるものじゃ」


「ううむ、――法眼殿、よろしくお願いします」


「ええ、ええ、もちろんですとも。ああ、そうなると似たようなご縁でこちらで寝泊まりしている御仁にも挨拶をしておきしょう」


 その場の流れで別の離れに寝泊まりしている武士と顔合わせをすることになった。


「法眼様のおかげでなんとか目途が付きそうじゃの」


「ああ、これも八幡様への祈りが通じたのかもしれないな」


「ささ、こちらですよ。小野大進だいしんさん、新しい客人を迎え入れるので挨拶に来ました」


「これはこれは法眼殿、また若者に手を差し伸べたのですかな。本当に人徳の高い立派なお方で――――ああん」


 目の前に現れたのは虎髭の男、小野大進だった。


「なんだ、おおん」と五郎も睨む。


 まさに一触即発の状態である。



――――――――――

 通説というより蒙古襲来絵詞には鎌倉での生活は一切書かれていません。

 8月に鎌倉に着く、八幡様に祈りつづけた。10月3日に面会ができた、上訴した。

 重要カ所を抜き出すとこれだけです。


 _(:3 」∠)_久しぶりにゴリラって書けた。

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