無足の五郎

 五郎は叔父に呼ばれて屋敷の一室へとやってきた。


「来たか五郎」と叔父の御房みふさがいう。


「今日はどのような要件でしょうか?」


 五郎は少し緊張している。


 呼ばれて理由に心当たりがあるからだ。


 実はこの二人は亡き祖父の領地配分で争ってもいた。


「沙汰は出た。お主には所領の相続はないことが決まった」


 叔父が言った内容に五郎は絶望した。


 渡された書類には相続する土地の範囲と相続人の名前が書かれている。


 しかしどこを探しても五郎の名前がなかった。


「そ、そんなありえない……。な、何かの間違いだ!」


 土地のない武士は収入がないことを意味する。


 この時代には月給や給料などという制度はない。


 武士は戦場で戦功を上げて土地をもらう。


 その土地を開発して収入を得るものだ。


 土地のない武士は貧しく、つまり収入がない「無足」と呼ばれる。


 今日、五郎は「無足人」となったのだ。


 どうしてこうなった? 疑問が頭を埋め尽くす。


「叔父上! なぜこのようなことに!」


 五郎は叔父をにらむ。


「上からのお達しでもある。お主が受け継ぐ土地と武具はない」


 そう淡々と言われる。


 もちろん異議申し立てはできる。


 しかし<帝国>に対抗したい幕府にとって、御家人の所領を減らして力を削ぎたくない。


 これは子孫に等しく土地が分けられる分割相続制度という制度から、家督が単独相続する制度の転換期の出来事。



 ――つまり時代が悪かったのだ。



 無足人の実情は悲惨なものだ。


 例えば国を出て流浪の侍として戦地を転戦し、新たな主家を得る方法がある。


 しかし、役立つのかわからない牢人に立派な武具を貸し与え、自らの傍に置く御家人などいない。


 無足の身でも武具は自前でそろえなければならない。


 さらに反乱と離反防止のために最前線に立たされる。


 ほとんどの者が楯持ちとして矢面に立ち討死する。


「安心しろ。お主は庶子として領内に住まわせてやる」


 そう五郎の叔父が言う。


 一番マシなのが嫡子の家系に仕える庶子の御家人になることだ。


 日々は農民として領地の開発に明け暮れ、戦となれば勲功を得るために戦い続ける。


 ただし、この時代の一番の勲功とは先ほどの「討死の功」だ。


 一族のために戦場で華々しく散って、初めて勲功を得るということになる。


 そうすれば一族には恩賞が与えられる。


 さらに子がいれば、その子も大人になり戦で討死すればさらに恩賞が手に入る。 それは孫、ひ孫の代でも同じだ。


 頭は真っ白になり、血の気は引き、足腰に力が入らない。


「あ……ぅ……」


 言葉が詰まる。


「話は終わりだ。お主が開発する土地は後で伝える。以上だ」


 そう言って御房は去っていく。


 屋敷は急に静かになる。


 外ではヤマガラのさえずりが聴こえる。


 誰もいない部屋。


 五郎は力いっぱい床を叩く。


 拳からは血が滲んでいる。


「これからどうしろと……」


 叔父へと渡った資産は土地だけではない。


 武具一式、そして馬。


 代々父から子へと受け継がれるはずの先祖伝来の品々それをすべて失った。


 五郎の血の気の引いた頭に今度は一気に血流が流れる。


「こんなところで終るわけにはいかん!」声を荒げる五郎。


 これは菊池の血だ。


 かつて一大勢力として広大な領地を有していた菊池家の血がこの冷遇に我慢ができなかった。


 五郎の心の内ではふつふつと独立を渇望するようになった。


「そうだ、そうだとも。独立だ、旗揚げだ!」


 そう、合戦に出て生き残り、所領を得る。


 それこそが武士の生き方だ。


 功績が認められて所領さえ貰えれば、この土地から堂々と出ていける。


 合戦の功績は大まかに四つしかない。


 手負い、分捕り、討死、先懸さきがけ


 この四つだ。


 言うなれば戦って血を流すか、殺すか、死ぬかしなければ恩賞を得ることができない。


 この時代の武士は流した血の量と死の数だけが唯一の功績だ。


 まさに「血死の勲功」である。


 独立して所領を得たいのなら敵の首を分捕りし続けるしかない。


 首だ、首が大量に必要だ。


 目に見える全ての敵の首を撫で切りにして、置いていってもらうしかない。


 怪我をしている暇はないし、討死などもってのほか。


 最低限生き残るには武具甲冑と馬が必要だ。


 どうやって?


 五郎の頭の中はまたしても討死という言葉で埋め尽くされていく。


「くそっ!!」


 驚いたヤマガラが飛び去った。

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