恩賞奉行 泰盛

 ――鎌倉。


 古くは東国とうごくと呼ばれていた関東地方、その海沿いにあり三方を山に囲まれた天然の要害を鎌倉と呼ぶ。


 この要害は「神話の時代」に神武天皇が東征したときに誕生したといわれている。


 神話の時代、東国には“従わない者エミシ”と呼ばれる勢力が支配していた。


 この地に遠征に来た神武天皇はこの一大勢力に対して毒矢を放つ。


 すると一矢の毒矢は無数の矢雨となり幾万の“従わない者エミシ”たちを死体の山へと変えた。


 この時に無数のかばねくらを形成した。


 この出来事が起きた場所を屍蔵かばねくらと呼び、それがなまったのが鎌倉かまくらという地名になる。


 これが鎌倉その地名の由来の一つと言われている。




 そして、この神話の上に鎌倉幕府は開かれた。





 1275年10月23日(健治元年十月三日)。


 鎌倉はにぎわい活況を呈している。


 まるで去年までの不穏な空気がウソみたいに、人々は活力を取り戻していた。


 ある僧侶が通行人たちに声を大にして自説を語る。


「<帝国>襲来は法華経を迫害するからだ! 今こそ鎌倉大仏を焼き払い禅僧を処刑せよ!!」


 また別の僧は霊験あらたかな菩薩ぼさつについて得々と語っている。


「すべては菩薩様の――」「並み居る敵兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ!」


「人がちぎれるかい!」


 しまいには武士たちが自らの武勇伝をけん伝する始末。


 大通りを行き交う人々は足を止めて人だかりを作って、それぞれの話を聞き入る。


 しかし民衆は誰の話が真実なのかというのには関心がない。


 人々はただ戦勝気分に浸り、去年まで感じていた漠然とした閉塞感をふっしょくしたかった。


 去年までは人々のあいだに暗雲が立ちこんでいた。



 ――強大な<帝国>が攻めてくる。



 それが鎌倉から九州へと物流の逆転がおき、城郭都市鎌倉の経済を停滞させた。


 今は違う。


 陸は鎌倉街道から米俵や必需品が運び込まれ、海は黒潮に乗って陶磁器などが港に陸揚げされる。


 陸と海から物資が流れてくる。


 鎌倉から物々しい雰囲気が去ったのだ。




 その活気が戻りつつある鎌倉の一角、甘縄という地域。


 そこにある豪邸。


 その中に一人の男が館の主に面会しに来た――五郎である。


 館の豪華さに比べて五郎という男は不釣り合いなほどみすぼらしかった。


 質素ともいう。


 屋敷の周りは堀で囲まれ、頑丈さを第一とした分厚い壁。


 むしろ砦といった方が合っている。


 屋敷の門には三人の侍が常時固めている。


 さらに内側にも四人ほど侍が待機している。


 塀の内側は砦の機能を有しながらも豪邸として作られていた。


 ここには連日のように上訴や仕官の面接など人々がやってくる。


 屋敷の中では畳という最高級品を部屋の縁側に敷き詰めて資金力を見せつける。


 それは来客者の待合所にも置かれ、そこに権力者たちが座り順番を待つ。


 五郎は奥の間に呼ばれた。


 「面談の間」にはふすま絵が存在感を放っていた。


 そこに描かれているのは桐と竹の群生地、その上を舞う猛々しい鳳凰という構図。


 権力者の屋敷として贅の限りを尽くしていた。


 そのような場所に数人の男たちが座っている。


 屋敷の主人とその使用人たち。


 さすがに権力者と二者面談とはいかない。


 あとからこの館の主人が入ってきた。


 館の主にして幕府の権力者、安達「城九郎」泰盛やすもりは五郎をまじまじと見る。


 五郎は藍染あいぞめの服を着ている。


 はやりの色で武士階級に好まれている色。


 その理由は藍色を「褐色かつしょく」と呼ぶので、「勝色かつしょく」と語感が同じだからだ。


 武士というのが縁起やゲンを担ぐのを好む。


 人相は誰が見てもわかる激戦を戦い抜いた武士の面構え。


 眼光は鋭く、死を恐れぬ度胸がある。


 そうでなければ幕府の重鎮に直接会いに来ようとは思わない。


 その体つきは日々鍛錬に明け暮れ、鍛えぬかれた武士の肉体。


 聞くところによると熊すら射殺すほどの弓馬の名手という。


 それでいて関東語をしゃべれる教養を身に着けていた。


 これで一介の無足人というのだから九州侍は恐ろしい。


 城九郎はそう思った。


 先ほどから五郎がここまでやってきた経緯を説明する。


 それを城九郎が静かに聞く。


 一息ついたところで「それで話を聞く限り、先の合戦における恩賞に不備がある、そう申すのか?」と城九郎が問う。


「はっ! 去年の戦で上げた勲功があったにも関わらず勲功が漏れていることを訴えるために参りました」


「ふむ、そうなるとまだ決まってすらいない功績の内容を知っていたのか?」


「いえ、私の戦績については少弐様が上に詳しく聞いて、その意向にしたがい追って明記すると聞かされました。しかしその後にいただいた賞状にはその戦績が明記されていないので、漏れていると思い鎌倉まで参りました」


 そう言って持ってきていた書類などを手渡す。


 五郎は熱心に幕府のあらゆる機関で直訴して、たらい回しの末に城九郎の屋敷にたどり着いた。


 なぜここまで必死なのか?


 五郎は無足、つまり所領のない身分だが――それは理由ではない。


 そう別に恩賞を得たくて直談判しに来たわけではない。


 弓馬の腕前を、武芸を、長い年月鍛えてきた五郎にとって、その成果を否定されることが我慢ならなかった。


 それは矜持だ――武士の矜持のためにはるばる鎌倉まで来て直訴した。


 恩賞奉行泰盛は書類を確認しながら問う。


「戦の功である分捕り・討死の勲功はあるのか?」


「いえ、ございません!」


「ふむ、それならこの書類に書かれている矢傷、手負いの功で十分ではないか。何が不満だというのだ?」


「はっ! 『先懸さきがけの功』を立てているのに認められないのでは、何のための奉公か分からなくなります! この勲功を認めてもらうためにはるばる鎌倉まで参りました!!」


 そう大声で言って頭を下げる五郎。


先懸さきがけの功だと」


 泰盛やすもりは少し怒気を強めてつぶやく。


 戦の功績には多数の種類が存在する。


 その中に一つに『先懸さきがけの功』がある。


 この『先懸さきがけの功』――存在は広く知れ渡っているが内情を知っている者がごく少数しかいない。


 『認められない勲功』と言われている。


 だが安達「城九郎」泰盛やすもりは知っている。


 幕府の重鎮にして鎌倉随一の馬弓の達人――恩賞奉行泰盛。


 全ての勲功の内容を把握している彼は『先懸さきがけの功』を主張する五郎をにらみつける。


「お主のように『先懸さきがけの功』を主張する輩は多い。だがそのすべてを退けてきた」


 去年の合戦以降、自らの蛮勇を主張する者が後を絶たない。


 文字の読み書きができぬ者もいれば、物事の道理がわからない者もいる。


 城九郎は連日の上訴にウンザリしていた。


「そのワシに直に主張すると申すか?」


 さらに怒気を強めて、今から取り下げるのならまだ許す――言外にそう物語っている。


「誓って事実でございます。わたくしめは恩賞をもらいたいと訴訟したのではありません。『先懸さきがけ』をしたか少弐様に尋ねて頂き、もし間違っていたのならこのクビを差し出しましょう。しかし事実であるのなら、わたくしが仕える将軍様のお耳に入れていただきたいのです。わたくしが戦争で忠勇を尽くし『命懸けの先鋒』を果たしたとお伝えくだされ! そうでなければ鍛錬に明け暮れる武士の人生においてこれほど嘆かわしいことはないでしょう!!」


 五郎はそう言い切る。


 ほう、と城九郎は感心した。


 恩賞のためじゃないと啖呵を切るか。


 すこし、他の御家人とは違うと見直した。


「よく言った。ならば戦について詳細に語ってみせよ。その内容によってお主の勲功に先懸さきがけの功を入れるべきか見極めようぞ」


 城九郎は目の前の男が本物の武士か否かを見極めることにした。


「かしこまりました。これより語りますは肥後の国、竹崎郷の『五郎』季長が体験した。蒙古合戦の真実の物語でございます」


 こうして竹崎「五郎」季長の、そして後世にまで残る歴史的な出来事が語れる。





 ――――――――――

 ということでゴローちゃんこと、歴史の授業で有名な「蒙古襲来絵詞」の人、竹崎季長が主人公になります。


 ちょこっと解説

 蒙古襲来絵詞の一般論通説から学術的な専門書は「この絵詞は竹崎季長が恩賞を得るために鎌倉へ行ったことを描いている」、と説明しています。

 本作はこの通説を否定して恩賞ではなく武士の矜持を守るために先懸をしたことを認めてくれ、と訴えています。

 歴史小説という都合からその方が主人公っぽいというだけです。

 ちなみに二人の問答は蒙古襲来絵詞に実際に書かれている内容をアレンジした感じです。

 なぜか「恩賞いらない」が現在では「恩賞欲しい」に代わってるのかは謎ですね。


 こんな感じでかなり多くの通説を無視することになりますが気にしないでください。

ちなみに元ネタの絵データがこちらです。

https://33039.mitemin.net/i568457/

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