エピソード2:汚れぬ花-9

 雨がまだ降り続く夕方、有瀬から蓮君の母親を無事見つけたと連絡が入った。同時にいくつかの指示も。

 

 「本当に良かった。私達が動いてなかったら、もっと大変な事になっていたんだもんね」


 「そうだな、沙良のおかげだ。それと藍にも感謝だ。俺は悟と少し話してからそっちへ向かう。それまでは言った通りにしておいてくれ」


 まずは蓮君に、母親が帰ってくる事を伝える。すると今までよりずっといい笑顔で喜びまわった。これまでも笑顔で大人しく過ごしていたが、彼なりに不安や心配と戦っていたのだろう。この小さな背中で。5歳の男の子は私よりもずっと大人に見えた。


 「それでね、ママはあと1時間くらいで帰ってくるから、それまでみんなで遊びに行こう!」


 「ホント?やったー!!どこに行くの?」


 「そうだなあ、雨だけど近所をお散歩して、アイスでも食べようか」


 先ほどとは違ったキラキラした目で大きく頷く。


 「藍ちゃんも一緒に来れる?」


 「うん、勿論!」


 支度をして3人で外へ出る。向かう先は昨日蓮君がいたショッピングモール。散歩がてら少し寄り道をしながら。蓮君の歩くスピードに合わせてゆっくり、のんびり歩いて行った。

 

 目的地に着きアイスを買ってベンチで食べていると、見知らぬ女に突然声を掛けられた。


 「あのお、ちょっといいですか?」


 「はい、なんでしょう」


 「蓮君……ですよね、その子」


 「ええ、アナタは?」


 「私は、小川と申します」


 「あ、ネコのお姉さんだ!」


 蓮君が反応する。


 「やっぱり蓮君だ。こんなところでどうしたの?」


 「今ね、お姉さん達と遊んでるの!」

 

 「そうなのね、ママはどこにいるのかな?」


 小川は少しずつ蓮に近づいてくる。


「ちょっと事情があって、少しの間預かっているんです」

  

そこに藍が割って入った。


 「あらそう。でも、知らない人達といるより、私の方が安心よね?」


 「お姉さん達も良い人達だから大丈夫だよ!」


 「優しくしてくれたんだね。だけど、ママが心配しちゃうから、私と一緒に帰ろう、蓮君」


 そう言って小川は蓮君の手を引く。

 

 「あの、どこに行くんですか?」


 私は少しきつめの表情で止めに入る。


 「私、この子の母親の友人なので連れて帰りますよ、連絡も取れますし」


 小川は段々早口になっている。


 「まあ落ち着いてください。まだアイス食べてる途中じゃないですか」


 「じゃあ食べ終わったら、私の車で帰ろうね、蓮君」


 「…うん、わかったよ。お姉さん、ごめんね」


 


 数分後、名残惜しそうにコチラを何度も振り返りながら歩く蓮君をやや強引に引っ張る小川は、足早に駐車場へと向かっている。私と藍はその後ろを付いていくかたちになった。


 「アナタたち、どこまで付いてくる気?」


 「もちろん、車の所まで行きますよ。このままお別れは寂しいので」


 小川は苛立ちを隠せない様子だった。焦っているのだろう。

 そして、彼女の焦りが頂点に達したのは、駐車場に着き数メートル先から車のドアロックをリモコン操作で外した瞬間だった。


 「今朝はどうも、小川さん」


 「アナタは……なんでここに?」

 

 「あ、有瀬おじさんだ!」


 「おう、蓮。良い子にしてたか?」


 車の影から有瀬が現れた。小川は事態が呑み込めていない様子で口を開け固まっている。


 「何をしてるんです?」


 「れ、蓮君を、連れて帰るんですよ」


 「ほう、アナタが?」


 「問題でも?」


 「ええ、大問題ですよ。今回の黒幕に蓮を渡すわけにはいかないなぁ」


 「な…何の話よ」


 「下手な芝居はやめてください。梅島を使って薫さんを脅し、追い込んだのはアナタですね」

 

 有瀬は飄々と、しかし鋭い眼光で言い放った。


 「何を言っているのかわからないわね」


 「はぁ、面倒だけど説明しましょうか。私はアナタと会った後、梅島を追っていました。そして彼ら半グレの溜まり場で薫さんを保護、梅島は既に逮捕されています」


 「なら、無事解決したんじゃない」


 「いえ、確かに実行犯は梅島でしたが、彼はとある人物の指示を受けていただけでした。相手が誰だかは知らなかったようですが……」


 「何が言いたいのよ」


 「その指示を出していた人物が、小川さん、アナタだ」


 「そ、そんなのわからないじゃない。証拠でもあるのかしら」


 「ベタなセリフを吐くんですね。アナタは、3つミスをしている。そのおかげでバレバレなんですよ」


 「なっ……」


 「一つ、アナタは今朝私に嘘を付いた。ヘビの男について尋ねた時、アナタの視線は右上を向きましたね。嘘が下手な人間は必ず右上を見るんですよ、想像力を働かせる為に。それがまさに『梅島の名前は知らない』と答えた時です。

  二つ、梅島に私の事を伝えた事。梅島は、誰が来るのがわかっていたかのように倉庫に急ごしらえの仕掛けをし、私を待ち構えていた。そして『警察』だと勘違いも。恐らく私と会った後、焦って梅島に連絡し、『元刑事』だという事実が正しく伝わらなかったのでしょう。さらに、あの時点で私が動いている事を知っている人物は限られています。

 最後に三つ目、今ここで蓮を連れて行こうとしている事。梅島からの連絡が途絶え、異常事態を察知したアナタは最終手段に出た。私の名刺にある店の住所までやってきて、『店の近所』で従業員が保護している蓮を探す為に。だから、わざわざ雨の中外出してもらっていたんですよ、あの子達には」


 「まさか……」


 「とてもシンプルな行動をとってくれる方で助かりました」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る