夢の視点

 祖父が亡くなってから数日後のことでした。



 深夜の移動や、葬儀による疲労がピークに達し、家族全員ウトウトと雑魚寝をする形で眠りについてしまっていました。


 翌日は仕事を再開しなければならないのに、ろくに着替えもせず、全員が睡魔に襲われたのでした。



 私はその睡魔に誘われるように、夢を見ていました。


 幼い日に、祖父の家で遊んでいる夢でした。


 驚くほど鮮明に、もうすでに片付けられていたものや、模様替えをしたもの、動かなくなって買い換えた家電なども幼い頃のままに再現されていた夢。



 かつて祖父が生きていた頃の様子が見えたのです。


 ですが、今思えばこの夢も不思議でした。



 夢とは主観的なものなはずなのですが、私は、夢の中で遊んでいる私の姿を見ていたのです。


 もちろん、夢を見ているときはそんなこと一切疑問にも思いませんでしたが。


 その夢の中で遊んでいる私を、じっと見ていました。

 懐かしいなぁ。

 こんなおもちゃで遊んでいたなぁ。

 そうだ、原液から作るカルピスも、祖父の家でよく飲んだっけなぁ。


 そんな遊んでいる私は、少しずつ成長していました。


 時間が早送りされるように、幼児から小学生、中学生……。

 ところが、私の成長はそこで止まっていました。



 今で行儀よく座って、だれかと話しているのですが、話している相手がだれだかわかりません。

 だれと話しているのかを覗こうとしても、体は固定カメラのように動きませんでした。



 ふと、不意に視点が私に戻ってきました。

 いつの間にか、おもちゃで遊んでいる幼児に戻っていました。


 近くには、晩酌をしている祖父の姿。

 どこか遠い目をしていて――。



 そのとき、突然、祖父が私の方を向いてこう言ったのです。



「そろそろ、起きなくて大丈夫なのかい?」



 私は、その言葉で目を覚ましました。


 いつの間にか夜が明けていて、家族全員眠りこけていたままでした。


 時計を見ると、すでに遅刻ギリギリの時間……慌てて家族を起こし、私たちは無事に出勤することができたのです。



 祖父は肺気腫で亡くなりました。

 極度の酸欠で、記憶力と意識を低下させて。


 あの夢で見た自分の姿が、中学生までで止まっていたのは――……。



 社会人として働いている姿を、私は夢の中でさえ見せることが叶わなかったのですね。

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