第6話

 家に帰ると、ユイカがいた。ラフな格好でソファーに寝転がりながら、テレビをのんびり見ていた。顔をこちらに向けると、柔らかな笑みを浮かべて、


「おかえり」


 と、言った。


「あれ?」俺は首を傾げた。「今日、用事があったんじゃなかったっけ?」

「そう、同窓会」


 リビングの掛け時計を見ると、まだそれほど遅い時間じゃない。もっとも、同窓会というのは夜遅くまで飲んで騒ぐようなイベントではないのだから、先に帰宅していても全然不思議ではない。

 俺がソファーに座ろうとすると、ユイカは起き上がって場所を空けてくれた。ソファーに座ると、ユイカがすすっと寄ってきて、甘えるようにもたれてくる。


「タクマはどこに行ってたんだっけ?」

「友達と居酒屋に」


 情報通の友人から聞いた話の数々を、俺はユイカに話した。けれど、たった一つ――カオリについての話だけは、ユイカには話さなかった。

 彼氏の元カノの話なんて聞きたくないだろうから。それに、決して明るい話題ではないから。だから、カオリのことは俺の心に留めておく。


「酒臭い」


 鼻をつまむ仕草をしながら、ユイカは言った。

 ははっ、と俺は苦笑した。


「かなり酒飲んだからなぁ」

「記憶を飛ばすほど飲んだりしないでね」


 ユイカが心配そうに言ったので、俺は力強く頷いておいた。記憶を飛ばすのはシャレにならない。気をつけよう。


「あ。もしかして、何か嫌なことでもあった?」

「え? どうして?」

「嫌なこととか忘れたいこととかがあったから、たくさんお酒を飲んだのかなって」

「いや」俺は首を振った。「友達と久しぶりに会ったから、飲みすぎただけだよ」


 嫌なこと。

 忘れたいこと。

 あるとしたら、それはきっとカオリのこと。

 しかし、友人からむりやり聞かされたというわけじゃなくて、気になって自分から聞いたのだ。教えてくれ、と――。


 カオリに未練があるわけじゃない。ただ気になったというだけ。彼女のことは忘れてしまいたいはずなのに、なぜかやけに気になったのだ。

 人間の心は複雑だな、と俺は思った。


「なあ、ユイカ」

「なぁに?」

「大学を卒業したら結婚しよう」

「卒業ってどっちが?」


 ユイカは笑った。酔ってるなあ、と思ってるんだろう。

 事実、俺はかなり酔っていた。だから、こんなことを言ったのだ。


「あー……じゃあ、俺が卒業したら」

「いいよ」


 即答だった。

 俺は嬉しくなってユイカのことを抱きしめた。

 ユイカは俺を抱きしめると、優しくキスをした。

 

 ◇


 恋人を――カオリを見知らぬチャラ男に寝取られたことは、正直かなりショックだった。だがしかし、あのとき寝取られて別れたからこそ、今があるのだと思うと、あれは必要なことだったのかもしれない、なんて今では思うようになった。


 俺は今、とても幸せだ。

 この幸福が死ぬまで続けばいいな、と俺は思う。

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寝取られた恋人が戻ってきた、が……いまさらもう遅い 改訂版 青水 @Aomizu

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