第6話 裏パブリックビューイング




 ★ ★ ★


 葉の除霊から、一時間程が経過した。

 私は感謝を込めて、ボクサツ君達に手作りのスパゲッティを振舞っていた。


「ふん。不味くはないですね。まあ、女子高生に作れるのはこんな物が関の山でしょうけどね!」


 悪態を吐きながら、千夏さんがスパゲティを食している。いい歳の女性がテーブルの下で四つん這いになって麺類を食す姿は、中々におぞましいものがあった。


「口が悪いよ千夏さん。いけない子だね」


 と、ボクサツ君は千夏さんの横っ腹を踏みにじる。するとテーブルの下から、変態ちなつさんの陰鬱な吐息が漏れる。


「あんっ。ごめんなさい。千夏は悪い子です。お仕置きしてくだしゃい……もっと踏んで。口汚く罵ってください」

「もう、煩いな。家畜は黙ってなよ」

「あっ……! もっと言ってください」


 ボクサツ君と変態ちなつさんが醜態を演じる横で、可憐ちゃんは満面の笑みで、黙々とスパゲティを食している。私は、ソファーに横たわる葉の口に、スパゲティを運んでいる。


「どう?」


 葉にスパゲティを食べさせて、問う。


「美味しい……よ」


 葉がほんのり微笑する。それがたまらなく愛しくて、私は弟を抱きしめて、これでもかと頬を摺り寄せた。


「良かった。お姉ちゃんが、またいくらでも作ってあげるからね。いっぱい食べなさい。はい、あーんして」

「もう、やめてよ姉さん。皆、見てるじゃないか」

「いいじゃない。お姉ちゃんのこと嫌いになっちゃったの? 後でお風呂にも入れてあげるからね」

「だから、恥ずかしいだろ」


 照れてる葉に余計にキュンとして、私は再び弟を抱きしめる。そこに、冷ややかな視線が突き刺さる。


「うさちんって……」


 可憐ちゃんが顔を強張らせる。


「ブラコンだったんだね」


 今度は、ボクサツ君が言う。


「変態ですね。汚らわしい!」


 千夏さんが、何故か勝ち誇って吐き捨てた。


「ちょ、いくら何でも千夏さんに言われるのは……ちょっと」


 私は抗議してみたが、手遅れだった。もう、彼らの中で私は変態として認識されているようだ。とはいえ、私たちは笑顔だった。こんなに明るい食卓は、いつ以来だろう。


 ★ ★ ★


 食事が終わり、皆、私の部屋へと集まった。ボクサツ君が、私のコンピュータを使って調べ物をしたいと言い出したからだ。


 ボクサツ君がアクセスしたのは、ある、有名な掲示板サイトだった。そのサイトは、未解決事件を主に扱うサイトだった。

 画面に〝パブリックビューイング〟というサイト名が表示される。

 以前、友達から聞いた話によると、パブリックビューイングは非営利目的で作られた個人サイトであるらしい。その割には、書き込みやスレッドの数が膨大で、日本で起きたほぼ全ての未解決事件を扱っているそうだ。パブリックビューイングに集まる情報の質と量量には、警察も一目置いているらしい。

 あくまでも都市伝説だが、警察内部には、常にパブリックビューイングを閲覧えつらん、監視している部署が存在すると、まことしやかにささやかれている。


「今の所、それらしい事件は起きていないみたいだね」


 ぼんやりと、ボクサツ君が呟いた。

 ボクサツ君が調べたのは、最新の事件に関する情報だった。彼は、先程逃げ出した悪霊の行方を気にしていたのである。もし、悪霊が新しい依り代を見つけて獲り憑いたのであれば、何か不可解な事件が発生している可能性が高い。と、考えたらしい。


「ちょっとタバコが吸いたくなったな。悪いけど千夏さん、買ってきてくれるかい?」


 ふいに、ボクサツ君が言う。


「え? 嫌ですよ。が、ボクサツ君に手を出さないように見張っておかないと」


 千夏さんは口を尖らせる。害虫とは、もしかして私のことか?


「あ、言い方が悪かったね。さっさと買ってきなよ、。ちゃんと家畜らしく這いつくばって行くんだ。お店でも人間の言葉を喋っちゃ駄目だよ? 店員さんがどんな顔をしていたか、報告も忘れないようにね」

「あ、あうっ……。でも、でも」

「あれ? また人間の言葉なんか喋って。悪い子だね。こんな時、僕の家畜はなんていうのかな?」


 ボクサツ君が爽やかな微笑を向ける。すると千夏さんは顔を赤らめて「にゃあ」と、返事をした。こうして、変態は、次の瞬間には四つん這いになって玄関へと向かっていた。

 ボクサツ君は、千夏さんが出て行くの見届けると、再び、キーボードを叩き始めた。

 画面に、見知らぬサイト画面が表示された。少し、パブリックビューイングにデザインが似ている。

 「裏パブリックビューイング」と表記されていた。


「裏パブリックビューイング? 初めて見るサイトだけど……パブリックビューイングとは違うんですか?」


 私は、素朴な疑問を投げかける。


「パブリックビューイングには裏の顔があってね。それがこの、裏パブリックビューイングさ。簡単に言うと、ディープウェブに存在する裏サイトってやつだね。基本的にはパブリックビューイングと同じで未解決事件を扱っている。ただし、その質も情報量も信頼性も、パブリックビューイングを凌駕している。その上、裏パブリックビューイングでは人肉捜索が可能で、国賊とかスパイとか、社会の敵と思われる人達のブラックリストも扱っているんだ」


「こ、国賊って……なんか物騒な話ですね。一体、どんな人が運営してるんですか?」


「さあ? ただ、このサイトは誰もがアクセスできるわけじゃない。向こうが選んだ相手に、一方的にアクセス権とパスワードを送りつけてくるのさ。言っとくけど、裏パブリックビューイングは凄いよ? 悪い政治家とか官僚とか財界人とか、支配階級エスタブリッシュメントの住所や経歴、電話番号なんかが、ずらずら載ってるから」

「それって、警察やマスコミは何も言わないんですか?」

「だから、表立っての運営は出来ないんだろうね。警察も調査機関も、たぶん裏パブリックビューイングの存在については知らないんしゃないかな?」


 ボクサツ君の話を聞き、私は少し腑に落ちた。


「支配階級の個人情報に人肉捜索、ですか。だから千夏さんをお使いに出したんですね?」

「ああ。まさか、警察官の目の前で裏パブリックビューイングにアクセスする訳にもいかないからね」


 そこまで言った所で、ピタリと、ボクサツ君の手が止まる。


「ボクサツ君、これって……そうだよね?」


 と、可憐ちゃんが顔色を変えてる。ボクサツ君にも、薄く緊張の色が浮かんでいた。


「そうだね。やっぱり、嫌な予感が当たったみたいだ」


 サイトの速報板に、新しい暴行事件の情報が複数挙がっていたのだ。



 ◇◇◇◇◇


 ⚫︎一二分前の午後七時五五分。

 京王線明大前駅前で、元、プロレスラーの牙王がおう、(本名、吉沢明、三六歳)が、タクシーから下車した。

 直後、牙王は通行人の男性に襲い掛かり、暴行を加えた。その後、駅構内へと逃走。

『御舎人様と呼べ』『ボクサツ君を呼べ』等々、意味不明な発言を繰り返した。


 ◇


 ⚫︎五分前の午後八時一分。

 京王線の明大前駅の上りホームで、元、プロレスラーの牙王がおう、(本名、吉沢明、三六歳)が、三人の大学生と口論の末、全員を殴り倒した。更に過剰な暴行を加え、京王線下り電車で逃走。

 逃げ去る際に『ボクサツ殺す』等、やはり意味不明な発言を残す。


 動画も上がっていた。

 駅の監視カメラと思しき画像には、ホームの雑踏が写っている。電車待ちをしている三人の大学生らしき若者と、筋骨隆々の大男が口論していた。直後、大男が若者を殴り飛ばし、若者達と喧嘩になる。若者もまあまあ体格がよく、やんちゃそうな感じだったのだが、大男は蝿を払うかのように容易く、若者を蹴散らしてしまった。殴られた三人は何メートルも弾き飛ばされて、ホームの柱に叩きつけられて気を失っている。

 勿論、周囲は大騒ぎとなり、悲鳴を上げて逃げ出す人や、携帯端末で撮影してい人もいる。そこへ電車がやってきて、ドアが開く。

 大男は、迷わず電車に乗り込んで姿を消してしまった。


 ◇◇◇◇◇



 ボクサツ君は、真顔でコンピュータをシャットダウンした。


「さてと。じゃあ、逃げるか」


 立ち上がるボクサツ君の腕を、私は咄嗟に掴む。


「ちょっと待ってくださいよ! 京王線の下り電車って、確実に、こっちに向かってるじゃないですか! もう、三◯分もしたら家に来ちゃう。な、なんとかして下さいよ」


「む、無理だよ。君は牙王を知らないのかい? 彼は身長一九◯センチの大男だよ。いくら引退してるといってもプロレスラーなんだ。あんなムキムキの筋肉達磨、どうしろってのさ。唯でさえ強いレスラーに悪霊が入ってるんだ。手の付けようがないよ」


「だからって、私達を見捨てるの?」


「君も逃げれば良いじゃないか」


「ズタボロの葉を連れて、どうやって?」


 言い合う私達の間に、可憐ちゃんが割って入る。


「二人ともケンカしないで。それよりボクサツ君、もし、牙王がおうをなんとかするのなら、今度は私達だけじゃ無理だよ。結界を張らないと何度でも逃げられちゃう。あんずちんは呼べないの?」

「杏ちゃん? うううん、杏ちゃんかぁ。でもなぁ」

「なんでそんなに嫌がるの? 急いで結界を張らなきゃ勝てないんだよ」


 と、可憐ちゃんが提案する。『あんずちん』という名を聞いて、私の眉がピクリと反応する。目を後ろにやると、私の部屋の壁には『杏ちゃん』という、アイドルのポスターが貼られていた。実は、私はこのアイドルの大ファンなのだ。

 まさか、ね。

 考える私の傍で、ボクサツ君が苦い表情を浮かべて溜息を吐く。


「結界かあ。あのには、あまり借りを作りたくないんだけどな」


 ボクサツ君は、観念したように呟いた。




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