第5話 可憐な可憐は叩き出す!



 ★ ★ ★


「えへへ。作戦開始だね」


 可憐ちゃんは準備を終えて、とびきりの笑顔を向ける。私は可憐ちゃんのポニーテールを、硬く縛り直してあげた。


 私と可憐ちゃん、そして千夏ちなつさんの三人は、作戦通り家の中へと入った。


「本当に、うまく行くかな」


 思わず、不安を口にする。


「大丈夫だよ。だって今回はボクサツ君がいるもん。私とボクサツ君、二人揃ったら私達は無敵なんだから!」


 と、可憐ちゃんはぐっと親指を立てる。

 さっきはあんなに泣いていたのに。この娘、ボクサツ君が一緒だとやたら強気だな。なんて呆れながら、私も腹を括る。

 私達は頷き合い、それぞれの持ち場へと向かった。可憐ちゃんと千夏さんは階段の陰に隠れ、私は二階へと上がる。

 二階に上がると、葉の部屋は妙に静まり返っていた。

 気配はある。

 ドア越しに強い威圧感を感じ、鼓動が速さを増す。それを押し込めて、私は息を吸い込んだ。


「葉。出てきなさい」


 だが、葉は返事をしなかった。

 おかしい。いつもならば〝御舎人様〟と呼ばない時点で怒り狂い、姿を現す筈だ。今日は何故か様子が変だ。


「葉。居るのはわかってるのよ」


 再び、声をかけてみる。

 すると、部屋の中から、ゴトリ、と物音がした。


「またあああ。誰か連れて来いいいたのかあああ。知ってるぞおおお。罠だあああ」


 葉の声だった。どうやら、罠だと気付かれているようだ。


「何よ。怖いの? あんたって、そんなに弱虫だったんだ? 馬鹿みたい」


 私は、勇気を振り絞って挑発してみる。だが、返って来たのは長い沈黙だけだった。

 さて、どうしたものか。


「バーカ、バーカ。馬鹿幽霊! 気持ち悪い引き籠り野郎!」


 突然、階下から可憐ちゃんが叫ぶ。状況を察して葉を怒らせるつもりなのだろう。だが、あまりにも見え透いた子供らしい悪口で、それが通用するとは思えない。思えないのだが……。


「糞おおお餓鬼がああああああ!」


 突然、部屋の中から怒声が響く。

 私は驚き慌てふためいて、一目散に階段を駆け下りた。直後、二階の扉が開き、葉が飛び出して来る。

 一階に降りるなり、私の足が絡まった。「あうっ」と声を上げながら転んでしまう。そこへ、葉が凄い勢いで飛びかかる。

 ドスン! と、床板が踏み割れられる。その足踏みを、私はギリギリ転がって避ける。そんな私を守るようにして、可憐ちゃんと千夏さんが飛び出した。

 可憐ちゃんは葉の背後へと廻り、二階への退路を断つ。千夏さんは、ニヤニヤしながら

廊下に立ち塞がり、居間への動線を塞ぐ。これで、葉に残された退路は玄関しかない。

 二人は、一斉に水鉄砲を発射した。


「う、うわあああああ! 水、水だあああああおぉ!」


 葉は、水鉄砲を背に受けるなり、絶叫して逃げ出した。

 可憐ちゃんと千夏さんはそれを追い、きゃあ、きゃあと、水鉄砲を撃ちまくる。そうして、二人は葉を玄関へと追い詰めていった。


「うううおおお前らあ、お前ら、お前らあああ! 殺す、殺しいいいてやるううからなああ! 覚悟出来ているんだああよなあ!」


 葉は玄関まで追い詰められて、扉を背に叫びまくる。

 その時だ。

 突然、玄関の扉が開いた。そこから伸びたボクサツ君の手が、ぐっと葉の襟首を掴み、外へと引きずり出す。

 扉はバタリと閉じられた。本当に、一瞬の出来事だった。


 ゴツリ、ドカリと鈍い音が響き渡る。「ぐわっ」と、葉の叫び声もする。続けて、肉を打つような音が響き渡り、ドサリと、人が倒れる音がする。それでも音は止まない。不吉な鈍い音が、追い討ちをかけるように連続で鳴り続けている。


「ぶぎゃあああ! やめて、やめでえ!」


 葉が悲痛な叫び声を上げる。


「あはは、あははは! どうしたんだい。そんな顔をしてもダメさ。ほらほら、もっと頑張って。僕を興奮させてごらん? わあ。そんな格好で恥ずかしくないのかな。惨めだね。まるでゴミムシだね」


 と、ボクサツ君の嗜虐的な高笑いが聞こえる。続いて、また、ドカ、ドカリと、鈍い音。


「た、たす、ぎゅ……」


 葉が、断末魔に似た声を絞り出す。それでも肉を打つような音は止まない。ドアを隔てて何が起こっているかを想像するだけで、思わず足がすくむ。

 やがて音が止み、長い静寂が訪れる。


 どれぐらい時間が過ぎたろう。

 私達は、玄関の扉を見つめたまま固まっていた。







 キイ。




 軋む音と共に扉が開く。

 ボクサツ君は、ハンカチで手を拭いながら爽やかに微笑んでいた。白いハンカチは、何故だか紅く染まっている。ボクサツ君の頬やシャツも、返り血的な赤い液体で染まっていた。


が終わったよ。それにしても葉君は元気の良い少年だね。でも、少し疲れたからお休みするってさ」


 ボクサツ君の冷ややかな微笑に、私は思わず凍りつく。可憐ちゃんも千夏さんも、言葉を失っていた。


「わ……わあああ! 確保、確保おおお!」


 千夏さんが沈黙を破り、縄を手に部屋を飛び出してゆく。可憐ちゃんも我に返り、外へと飛び出した。

 可憐ちゃんと千夏さんが、葉を縄でぐるぐる巻きにする。一方、私はボクサツ君に詰め寄って胸倉を掴んでやった。


「な、何をしたの? 葉に、私の弟に一体何をしたのお!」


 ボクサツ君は「ハウス、ハウス」と、まるで犬を叱りつけるように、また、選手の抗議をねつける野球の審判の様に首を振り、私に取り合わなかった。


 ★ ★ ★


 一息吐き、私達は、横たわる葉を見下ろしていた。

 玄関前には、何故か塩ともち米がまき散らされている。ボクサツ君め、実力でねじ伏せたのではなく、何か小細工を使ったのか。


「意外となんとかなりましたね。で、どうするんですか? このまま何も起きなければ、ただの暴行事件で終わっちゃいますよ?」


 と、千夏さん。


「可憐」


 ボクサツ君が可憐ちゃんに声をかける。可憐ちゃんは静かに歩み出て、葉の傍で腰を落とした。

 除霊が、始まるのだ。

 皆、固唾を飲んで見守っていた。私はこれまで除霊という物を見たことがない。その方法についても詳しくはない。可憐ちゃんがどんな高度な術を使うのかは分からないが、少しだけ、ワクワクしてしまっている。

 一方、可憐ちゃんは葉の傍らで目を閉じて、厳かに呼吸を整える。ピンと空気が張り詰めて、集中力の高まりを感じる。

 やがて、可憐ちゃんは葉の背中にそっと掌を当てた。


「うあああ! この! この! 出ていけ、出ていけ、出ていけえええ! これでもか。この、この、このおおお!」


 突然、可憐ちゃんは、葉の背中を平手でバッシバシ叩き始める。


「え。力ずく……」


 私は思わず呟いた。可憐ちゃんは構わずに、これでもかと葉を打ち据えまくる!


「う、うおあああおおあああ! や、やめろおおおうお。お前等に人間の心は無いのかあ! うわおおお、おあおあああ!」


 葉が悲鳴を上げ、涙ながらに懇願する。それでも可憐ちゃんは止めない。寧ろ、どこか微妙に楽しそうですらある。


「うおおお! 呪ってやるう、呪ってやるうううぞおお! ボクサツ君、とかいったなあああ! お前の顔は忘れないからなあああ。すぐだあ。すぐに戻って復讐うしてえええやるううう! もう、こんな体はあああ、いらないいいぃ」


 叫んだ葉に、とどめとばかり、可憐ちゃんが打ち込んだ。バシッ! と音が響き渡り、暫しの静寂が場を包む。

 葉が「あ、ぐっ」と、声を漏らす。直後、ドス黒い吐瀉物を吐き出した。

 その声は、私が知る優しい葉の物だった。

 ふいに、可憐ちゃんが立ち上がる。彼女は突然駆け出して、敷地の外へと姿を消した。何が起こったのか、誰も分からなかった。

 やがて、可憐ちゃんは一◯秒程で戻って来た。


「ボクサツ君、どうしよう。霊に逃げられちゃった」


 と、可憐ちゃんはしょんぼりと言う。


「ん。それはつまり、除霊できたってことだろう? 良いことじゃないか」

「それはそうだけど。あの悪霊、本気でボクサツ君に仕返しに来るつもりだよ。私、幽霊の心だって読めるんだから」

「仕返しといっても、相手は幽霊だよね? 何も出来ないんじゃないかな」

「普通はそうだけど……あの幽霊、他の、もっとずっと強い人に憑りついて仕返しに来るつもりだから。ちょっと危ないかも」


 可憐ちゃんの言葉を聞いて、ピタリと、ボクサツ君が呼吸を止める。


「つまり、物理的な攻撃が予想される訳か。確かに、少し厄介かもね」


 と、ボクサツ君は困り顔を浮かべる。

 やがて、葉が意識を取り戻して、静かに目を開けた。


「姉、さん? どう……して」


 呟いた葉を、私はしかと抱き寄せる。


「気が付いたのね。もう、二度と会えないかと思ってたんだから! 心配させて。馬鹿な弟ね」


 つい感情が高ぶって、頬を雫が伝う。それは葉の頬に落ち、次々と四散する。私は涙と鼻水まみれで、葉を抱き締め続けた。


「俺、一体ここで何を……って、痛い! 痛い痛い! なんか全身くまなく痛い。骨とか折れてる気がするんだけど!」


 葉が激痛を訴える。


「あ、ごめん」


 私は力を緩め、ボクサツ君を睨みつけた。ボクサツ君はゆっくりと目を逸らし、傍らの可憐ちゃんの頭を撫でる。


「か、可憐、今日の髪形も可愛いね」

「え? ボクサツ君がいてくれたんでしょう」

「あ。あはは。そういえばそうだったね」

「もう、ボクサツ君ったら。忘れっぽいんだからあ」


 ボクサツ君は気まずさを誤魔化すように、可憐ちゃんといちゃつき始める。私はまだ呆れ顔を向けていた。だが、もう、ボクサツ君を糾弾する気にはなれなかった。

 どうであれ、結果的には除霊は成功し、大切な弟を取り戻せたのだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る