鬼面浮立

 人々は、足を大股に開いて腰を落とし、両手を左右に伸ばして静止した。僕らも、呪いにあらがいながら見よう見まねで同じ格好をする。


「はっ!!」

「やっ!!」

「おお!!」


 方々から短い叫び声が上がる。


 人々は、ゆっくりと手を頭上へと上げていき、


「「「……「「「「あしゃ、ら、おんおんおんおん!!」」」」……」」」


 いつから伝わるのかも定かではない古代の言葉で叫びはじめた。振り上げていた手を勢いよく振り下ろし、自分の太ももをしたたかに打ちつける。


 ばつん!ばつん!ばつん……!


 普段はあまり聞くことのない肉を殴打する音が響き渡る。それは、あまりにも生々しいせいの音。


「「「「「あしゃ、ら、おんおんおんおん!!!!」」」」」


 音頭を取る数人を残し、全員が片膝を着き、左手で右手首をつかむと、右の手のひらを大地に着けて地に伏せた。


「ガォ――ゴゥッ!!!!」

「――ゴゥッッ!!!!」

「ウィィッ!!」

「ガ――ッ!!」

「ガウゥッッ!!!!」

「キエェ――ッ!!」


 間歇かんけつ的に一人また一人える。それは野獣猛獣を宿した咆哮や奇声と言っても過言ではなかった。そんな叫びが方々から上がる。それはまさに鬨の声だった。


 これをはじめて目にしたとき、僕はマオリ族の伝統舞踊「ハカ」を思い起こした。戦いに際して味方を鼓舞するときに踊られる「ハカ」は、死者への追悼の際にも踊られるという。ラグビーのニュージーランド代表オールブラックスが試合開始前に行うパフォーマンスで「ハカ」をはじめて見た人も多いかもしれない。


 娘の花音かのんが、幼稚園の出し物になっている鬼面浮立きめんぶりゅうを家で練習していた時、はじめのその口上や動作があまりにも奇怪に思えて、僕は思わず訊いたことがある。


『花音ちゃん……、それ、なんて言ってるの』


 若干引き気味に言った僕に、幼かった娘が教えてくれたんだ。


 それは、多分本来はもっと長かったであろう言葉。今や、その初めの方しか残っていない邪気や災禍を祓う言葉……。


「「「「「私たちは、鬼だ鬼だ鬼だあしゃ、ら、おんおんおん!」」」」」

「「「……「「「「鬼だ鬼だ鬼だ鬼だおんおんおんおん!!」」」」……」」」


 僕らの眼光は、僕らを取り囲む呪い、目には見えぬ陰鬱いんうつなものへと向けられていた。呼応するように僕らは叫び、太ももや腕を叩きながら高らかにうたう。僕らを操ろうとする呪縛を断ち切らんばかりに力強く呪いと真っ向勝負する。


「「「「「俺たちは、鬼だ鬼だ鬼だあしゃ、ら、おんおんおん!」」」」」

「「「……「「「「鬼だ鬼だ鬼だ鬼だおんおんおんおん!!」」」」……」」」


 口上が終わると、僕らは立ち上がって、再び両手を伸ばして膝を曲げて腰を落とした。


 ぴぃーひょろ(カッカッ)ぴぃーひょろぴぃーひょろろ♪

「「「……「「「「「そーれ!」」」」」……」」」


 その掛け声で、僕らは舞いはじめた。

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