第28話 陰謀うずまく高瀬城

「わたしがここに来たのは他でもない。我らとて元は尼子の家臣。富田城を奪還したいという気持ちに変わりはないのだ」

 言いながら、米原よねはら綱寛つなひろは涙ぐんだ。


「心ならずも高瀬城を明け渡し、しかも毛利の配下として城に残る事になってより、どれだけこの日を待ち望んでいた事か」


 現在の高瀬城の将兵に戦意は薄く、城の守りに徹する構えである。もし尼子勢が高瀬城を攻めるなら、城に残る寛綱ら尼子の元家臣が内応し、城門を開こうというのである。


「毛利に一矢報いなければ、尼子武士の名が立たぬからな」


 立原久綱、横道兵庫介、秋宅伊織ら主だった尼子の将も、涙ながらに語る寛綱を見てもらい泣きした。


「よく分かった、米原どの。では城攻めの日時を定めようではないか。なあ鹿之助」


 しかし鹿之助の答えは意外なものだった。

「いや、城攻めはせん。我らは明日にも陣を引き払い月山を目指す」

 全く関心は無いらしい。


「鹿之助、米原どのの話を聞いていなかったのか。勝てる戦だぞ、これは」

 秋宅伊織が片膝を突いて鹿之助に迫る。ほかの諸将も不審げな顔を隠さない。


「そんな城なら猶更、放っておいても問題あるまい。予定通り出発だ」

 意固地になっているかのように、鹿之助は繰り返した。


「米原どの、この話は聞かなかったことにする。せめて我らが撤収するまで、城の動きを押えておいて頂ければそれでよい。では、家運長久をお祈りする」

 そう言うと鹿之助は米原綱寛を送り返した。



 その翌、未明。

 尼子勢は高瀬城の囲みを解き、整然と西へ向かい進発した。


「ああ、勿体ない。高瀬城が労せずして手に入ったというのに」

 秋宅伊織がずっと、ぼやき続けている。

「言ってはなんだが、鹿之助は戦術眼が乏しいのではないかな。どう思う、横道どのは」

 横道兵庫介は、ふんと鼻を鳴らした。

「まあ、そう言うな。この策が当たるかどうか、結果を見てから判断すればいい」


 横道兵庫介と秋宅伊織の手勢は、出雲へ向かう街道脇の木立に潜んでいるのだった。さらに街道の反対側には、松田 誠保さねやすが姿を隠し、真っすぐ街道を行くのは鹿之助と立原久綱らの本隊だけだった。



「静かにしろ。何か近づいてくる」

 兵庫介は声をひそめ、秋宅伊織に注意を促した。


 ざく、ざくと、地を踏みしめる音と共に、彼らの前を軍兵が通り過ぎていく。それらは毛利方を表す吉川の家紋を付けていた。そしてその中には、先程、尼子方への忠誠を熱く語っていた米原綱寛の姿もあった。


「高瀬の城兵だ。鹿之助の言った通り、本当に来やがったか」

 すぐに街道の彼方で喊声が上がった。西へ向かう尼子勢の後方を高瀬城の兵が襲ったのだ。

「送り狼戦術、という訳だな。米原の外道め」

 横道兵庫介が唾を吐く。


 ぽん、という軽い音と共に、煙火があがった。

「よし、鹿之助からの合図だ」

 横道兵庫介、秋宅伊織の手勢は一斉に起ち上った。


「米原の二股膏薬ふたまたこうやくを討ち取るのだ!」

 尼子の伏兵は城兵の背後に猛然と襲い掛かった。


 ☆


「なぜだ、奴らは何の備えも無く、富田城へ向かっている筈ではなかったのか」

 米原綱寛が馬上でうめき声をあげている。

 尼子勢の無防備な後背を襲ったつもりが、さらに後方から伏兵による攻撃を受けたのである。


「ええい、構わず進め。山中鹿之助を討ち取れば、我らの目的は達するのだ!」

 強引に馬を進める綱寛。

 ついに尼子の中軍にまで斬り込む事に成功した。


 その前に、精悍な武将が立ちはだかった。

「だから家運長久を、と言ったではないですか。米原どの」

 その男の兜の前立ては鋭い三日月。その左右には鹿角。そして微かな怒りと、裏切られた哀しみをその顔に浮かべている。

 山中鹿之助幸盛。


「きさま。まさかすべて読んでいたのか」

 米原綱寛が叫ぶ。その眉間を鹿之助の槍が貫いた。


 地面へ転落する綱寛を見ながら、鹿之助は目を閉じた。

「もう少し待っていて欲しかった」

 我らが月山富田城だけでなく、出雲の国を奪還するその時まで。


 ☆


 城兵が逃散した高瀬城を捨置き、鹿之助たち尼子軍は西へ進む。もとより、城を保持するだけの兵力は持ち合わせていないのだ。


「だが米原が城門を開けてくれるというのを、なぜ断った」

 秋宅伊織は不思議そうに問いかけた。あの時、座の誰もが米原綱寛は本心から尼子方に通じて来たと思ったのである。


「そうだ。その理由を聞かせてくれ、鹿之助」

 評議の場に集まった立原久綱や横道兵庫介もやはり不思議に思っていたらしい。ただ一人、冴名だけは胡散臭そうな顔で鹿之助を見ている。


「それは簡単だ。米原綱寛の後頭部には『叛骨はんこつ』があったのだ。骨相学に依れば、ああいう奴は必ず裏切ると相場が決まっている。これは三国志の、諸葛孔明と魏延の故事によるものだからな、間違いはないぞ」

 おおう、と諸将が感歎の声をあげる。

「さすが鹿之助。学があるのう」


「単にそれを言いたかっただけじゃないの、鹿之助は」

 本当に三国志かぶれなんだから。

 

 冴名は呆れ顔で肩をすくめた。




 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る